メールでリレー小説2008 第一章

第一節「図書館はどこですか」

「おかしいな」
 途方に暮れてあたりを見回した。
 駅前の道を、いつものようにまっすぐ歩いてきただけなのに。
 いつもと同じ蕎麦屋やバス停、コンビニ美容室カメラ屋などを通りすぎ、いつのまにか見たこともない景色の中を私は歩いていた。十年通い慣れた一本道を、今さら間違えるはずもない。
 何かが変だ。
 通りかかった初老の男をつかまえて聞いてみた。
「すみません、このへんに図書館があったと思うんですが…」
「オマエさんはあったと思うんだね?」
「え、あ、ハイ、区立の図書館です。入口の両脇だけ赤煉瓦を積み上げたような装飾になっている…」
「思うんだね?」
「はい…」
「ならば、それはあった、」
 初老の男は、やおら、ついていたヒネリトコブシの杖を振り上げ夕焼け雲を突き刺すようなポーズをとる。
「ある、ということの喜びに震えながら、それは待っておるんじゃ」
 (しばしの沈黙)
「ところでお嬢さん、このへんに図書館はなかったかね?」
「な、なんですって?」
 思いがけぬ問いに、耳を疑う。
 だが男の目は、もはや私を見ていなかった。
 くわっと見開いたマナコが凝視するのは、高々とかかげた杖の先。そこにいつのまにか鎮座していたカラスは、小首をかしげた。
「で、図書館ってのはどこなんだい?」
「ええい、ヒトにものを聞きながら頭が高いっ」
 男は杖をしゃにむに振り回すが、カラスは平気ですぐ上をホバリングしながらこちらにウインクし、続けて叫んだ。
「で〜?図書館はドコだ〜〜ィ??と〜しょか〜〜ん!」
 カラスの声は重なるように夕暮れの町に吸い込まれて行く。
 見知らぬ町、初めての風景。
 男はおもむろに手を止めて、杖の先のカラスを自分の鼻先に持ってきて尋ねた。
「おまえ、今の。腹話術でシャウトしてたな。」
「腹話術じゃニャーずら、ホーミーずら、Where〜 is〜 the〜 library〜?」
 、カラスのホーミーが町に響くと、それに呼応するようにビルの向こうから身長2メートルから50メートルはありそうな巨大なモンゴル力士が現れた。
 ドスコイ、ドスコイのホーミーの美しい響き。あ〜、ドスコイ〜、 ドスコイ〜。
 モンゴル力士は、四股を踏みながら夕日の向こうに消えて行った。
 その巨大な足跡からニョキニョキと、無数の図書館が伸びてきた。
「こんなにあったらどれが私の行きたい図書館かわからないじゃない!」
 私は大声で叫びました。
「何か図書館に目印はないですか?」
 カラスはききました。
「目印はないが無印はある」
 と、腰をぬかしていた初老の男が言いました。
「問題は無印の図書館がどこにあるか、ということだ」
「そういう問題なら」
 とカラスは肩をすくめました。
「ぼくの出番じゃないみたいだね。でもネズミならばそこいらの図書館に印があったとしてもかじって無印にしちゃうかも。」
「目印をかじって無印に?」
 初老の男は
「そうじゃない。目印がないのが無印、その無印が目印、目印はなくてある。無をかじって無にすることはネズミにはできない。せいぜい柱をかじってあるかいっくすまいるの像でも作る位だろう」
 私は初老の男に聞いた。
「図書館がどこにあるかいっくすまいるを刻まれた像を探そうとしているうちに、あなたの顔、まるで…」
 初老の男の顔には、いつの間にか曖昧で不気味で寂しげなな微笑みが湛えられていた。
「まるで、今にも…」
 私は言い澱んで空を仰いだ。
 最後まで言ったらもしかしたら私が図書館になってしまうのではないかという恐怖心が胸をよぎったのだ。
「図書館が、どこにあるかって?」
 初老の男が私に聞いた。指先がついとのびて、壁に取り付けられた、ぼんやりと光る板を指し示す。
「あれは、インタラクティブ立体ホログラフィックマップだ。ボイスレコグナイザがついていて、3Dマップで示してくれる」
私は、突然横文字だらけになった男の言葉に戸惑いながら、その機械仕掛けの地図に話しかけた。
「この図書館は、どこにあるのですか?」
「ここは、フィンランドですか?」
 相変わらず、カラスはわけのわからないことを言って私を混乱させる。
 地図は私とカラスの声を認識すると妙になれなれしい声色で答えた。
「・・つーか、フィンランドの図書館って、どこ?」
 カラスのせいで地図も混乱している。
「だいたいフィンランドって・・・」
 カラスにむかって思わず突っ込み、気を取り直しもう一度質問しようと深く息を吸った。
 すると、
「はいっ喜んで〜」
 かすかなハム音と共に突然部屋全体が光り始め、ヘルシンキの町並みが浮かび上がった。
 しまった!訂正しなければ!
「あ、あ、あぅ・・」
 町並みの美しさに気をとられて、うまく言葉が出てこない
「あぅ…あふ…がにすたん…なんちゃって
 ヘルシンキの町並みがかき消え、岩だらけの荒地に大勢の武装兵士が
じゃなくて! もっと危なくないとこ…えーと」
 すかさずカラスが
「月面?」
「それだ! 

げえっつめーーーーん!!

「あバカやめ」

 そんなわけで私達は今、全員が月にいるのである。
「あの、図書館はどこに…」
 誰も答える者はない。
 普通に呼吸ができることを心の底でいぶかりながら、黙って顔を見合わせるばかりである。


第二節「図書館は僕ですか」

「おーい、ズショ!」
 と呼ぶ声に振り返ると、机山の奴が箒をバットに構えている。
「なんじゃね、ん、」
 ポコッ!…痛っ。
 側頭部に、飛んできた消しゴムが当たった。
「悪ぃ悪ぃ」
 じゃねえっての、板野。
 ハイ、もうピンと来た読者諸賢もいるだろうけど、俺の名は図書館、月面中学2年B組の級長である。
 「館」…Kanって名前は最後に愛が勝ちそうで嫌いじゃないが、椅子谷集落に多い姓である「図書」の家の者に生まれた長子の名は代々これに決まってて、当人の好きも嫌いもお構いなしってことだ。
 ちなみに3軒先に住んでる従姉は長子で長女で、名前はやっぱり図書館と書いて、Yakataと読ます。
 わりかし美人だ。
 それはさておき、問題は板野と机山の、のーたりんコンビである。
「遊んどらんで、お前らはよ掃除せんかアホタレ」
 と、まずは板野をどやしつけた。
 今日は早く帰って、うちにホームステイ中のモンゴル力士と一緒にヤカタの家にいくのだ。
 モンゴル力士はヤカタに一目惚れてしてしまったらしい。恋のツッパリを決めると言ってきかない。
『ヤカタさん〜ドスコイ〜』
 ヤツは昨夜も遅くまで眠れなかったようだった。…不憫なやつだ。
 しかしヤツの名誉の為にも、男同士の約束、誰にもサトラレてはダメだ。
「ドスコイ〜」
 幻聴か?
 ヤツの声がきこえる…って、いる!
「来ちゃった…」
 頬を染めたモンゴル力士が圧倒的な体躯で迫ってくる。
 あ。ちょっと待て、誰か来るぞ。
「あー図書館君。そこに見慣れない大男が褌いっちょで突っ立っておるが、誰かね」
 ちょ、超やべー、ありゃ図書監だ。
 俺、あの先生、苦手なんだよ。
 困ってモンゴル力士の顔を見ると、ヤツは頬を染めたままキッチリと四股を踏んでからお辞儀をして図書監先生に
「ドスコイ〜」
 って、それしか言えないのかお前は。こうなったら俺も
「どす恋〜」、
 ええ!ひょっとしてモンゴル力士のお相手は図書監?図書館じゃなかったのか?
 俺の声に呼応するかのように図書監はこちらを向いて軍配を返した。
 呆然と見守る俺、出足の早いモンゴル力士、そこでかかる待ったの声は、ボロボロの宇宙服を着たアームストロング船長だった。
「OH〜、カンさん、ヤカタさん、センセイ、オヒサシブリです〜、ミナサンお元気SO-DAY、何よりデス〜、SHIP、ワタシを置いてカエッタヨ、39年間サマヨッタアルヨ」。
 なぜか語尾は中国人風になまりつつ船長は涙ぐんだ。
「じゃあ、今晩は歓迎のチャンコ鍋ね」、
 ヤカタは突然張り切りだして
「カン君、土鍋が倉庫にあるから持ってきて!先生は温室に行って、白菜とねぎを取ってきて下さい。私はお湯を沸かしておくわ。」
 ヤカタはちゃんこ鍋の仕切ってみんなに指示をだした。
「俺たちは、ポロロッカに行って、鶏ガラ、昆布、生姜、ニンニク、タマネギ、ニンジン、椎茸、エノキ、木綿豆腐、油揚げ、薄口醤油と白飯を買ってくるぜ!」
 机山と板野は掃除を放り出したまま、飛び出していった。
「鍋といったら太極(タイチー)アルヨ。NASAの忘年会じゃ決まってコレ、食べるネ。でもワタシいつもコレ食ベル、ニンニク買うの忘れないでネ、ニンニクは…」
 アームストロング船長のアームがストロングなのは、栄養たっぷりのこの鍋のお陰であった。
 放課後の校舎内にちらほらあかりが灯りはじめグラウンドの野球部も重いコンダラを引くのをやめ帰り支度を始めた。
 俺は急いで倉庫に鍋を取りに行った。するとモンゴル力士が俺の後ろから、
「早くぅヤカタちゃんに告白したいっす!」
 と汗だくで駆け寄ってきた。
「そうだなあ、お前、なにか鍋の秘伝とか知らないの?ヤカタにかわって鍋をうまく仕切るのさ!」
「ヒ、ヒデン・・アームストロング船長に弟子入りするっす!弟子になってニンニクの奥儀を体得するっす!」
「何言ってんだ。今から弟子入りして間に合うわけないだろ。こういう時は直感で勝負するんだよ」
「直感すか」
「見ろ、みんな集まってきた。いよいよ始まるぞ」
 西の門から、食材を山ほど抱えた板野と机山が姿を現した。
 東門からは、髪を振り乱したアームストロング船長が。
 南門には白菜を口にくわえた図書監の姿が見える。
 そして北門を押し開けて入ってきたのは、白馬に乗ったわが従姉・図書ヤカタ。
 校庭の中央には俺とモンゴル、そして非情のコンダラ。
「ここの校庭ってこんなにいっぱい門ありましたっけ」
「いいからコンダラは黙ってろ、」
 びゅーう。ぼーぉ。
 俺の頬を、突然の禍々しい風が嬲り、校庭は暗い影に覆われた。
 中央ににじり寄っていた、板野机山・アームストロング・図書監・ヤカタも歩を止めて上空を見上げている。
 黒々とした影、それは!
 羽渡し100mはあろうかという巨大なカラスが、鈍赤い瞳を輝かせながら悠々とホバリングしている。
 その鈍黒い嘴が動く。
「ト、図書館ハ何処?」
 俺は呟く。
「図書館は、僕ですが…」

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