メールでリレー小説2008 第一章

第三節「図書館は僕ですが」

「図書館は、僕ですが…」
 その声が届いて、巨大なカラスの羽に埋まっていた私は、もそもそ背中に這い出した。
「あの中に図書館…?」
 上空から見下ろした校庭には、芥子粒ほどの小さな人たちがぱらぱら散らばっている
「どの人が図書館なの?でも確かに声はしたわ。これだけの中から捜すの?」
 私は沢山の小さい人達をどこから捜せばいいのか迷っていた。
「向こうの方から声がしたな。連れて行くよ」
 巨大カラスは言って校庭に近寄った。
 校庭の真ん中には、モンゴル力士が土俵ほどもある巨大な土鍋に浸かりながら、自らのダシでチャンコを作っているのが見えた。
 土鍋の上でホバリングするカラスの上で、突然、私は気がついた。
 そもそも私は誰なのか。さっきまで覚えていたのか。
 気持ちを落ち着けるために、一曲歌ってみることにした。
『カラスの背中はマイステージ,土鍋の湯気をスモークに、今日もゆくゆく連絡船、心を込めて歌うのは、忘れられないあなたのためよ。私の想いは時間(とき)を超え、九龍砦、崑崙までも飛んでいく♪』
 無意識に口ずさんだ歌詞に、私は妙な引っかかりを覚えた。
「カモノハシ」
 突然私の脳裏に、この言葉が降りてきた。
「カモノハシ、カモノハシ、カモノハシ、カモノハシ、カモノハシ カモノハシは崑崙ですか、そうですか」
 私は誰であったかア。崑崙奴(こんろんど)とは、アフリカ系黒人に対しての呼び名であったかア。サッチモはルイ・アームストロングであったかア。黒いカラスはなぜ泣くのかナア。白いカラスはマリアかナ。この話はスペースオペラかナ。それともアンチロマンかナ。お聖さんの落語かナ。
 土鍋の上を飛びながら私は歌う。すると突然3時の方向から
「こちらヒューストン。ミクロマンから伝言、応答せよ。黄桃が好きか、白桃が好きか。ブレンド具合はいかほどか、パーセンテージを黄桃、応答せよ」
 カラスの背から遥か遠くの下界をみると、たくさんの大きな桃とたくさんのミクロマン達が押合いへし合いの騒ぎになっていた。
 再び3時5分の方角から通信、
「ツートントン、こちらヒューストン、100%ピーチミクロマンジュース、美味しいよぉ」
 と、カラスがカァと鳴いた、泣いた。
 ポロポロと桃ジュース味の涙をふりまきながら。
 泣いているのはカラスか? 私か? はたまた鍋のなかのモンゴル力士か?
 そんなことより私だって味わいたいぞ、そのジュース。
 ふたたび地上に目を転じると、なんだアレ?
 はじめポツポツ、やがてニョキリニョキリと、雨後のタケノコのごとく空に向かって伸びてくるものがいくつも見える。
 目を凝らせばそれは、ミクロマンの上に肩車をしたミクロマンの上に肩車をした
「桃ネクター!!」
 と、まあ懐かしい、巨人軍のユニフォームを着た江川さん。
 そういえばさっきから、桃ジュースのことを考えながら、不二家桃ネクターのCMが浮かんでいたっけ。
 私の頭に浮かんだものが、地面から生えてくるのか?
 連立するミクロマンタワー(と江川さん)はやがて旋回する私たちに届きそうな勢いである。
「ももももももももジュースのむ?オロナミンCも良いけど、ももジュースおいしいね。ほしくない?」
「のむぅぅぅ〜」
 私がジュースを受け取ろうと手を伸ばすと、無数のミクロマン(と江川さん)の手をかすり、カラスの背から地上へまっさかさまに落ちてデザイア、頭からコンダラめがけて一直線である。
 と、そこには、箒を人参に持ち替えた野球部キャプテン机山。
 華麗なスイングはカコーンと私の頭を打ち抜く。
 軽い脳震盪の中、振り返ると、机山の口元は緩み、まごうかたなきアルカイックスマイルを浮かべている。続いてコンダラの影から現れた野球部員一同も妖しく微笑む。
「お、お前らは…」
「そう、私たちはミロクマン」
「そ、それ、縛りとちゃうんちゃうか?」
「いや、ミクロマンにして弥勒マンということで縛りの件は問題なし。我々はミロクマン、57億年の未来から時の流れを超えてやってきた。流星号応答せよ流星号、来たな、よぉ〜し行こう!」
 …しばしの沈黙。
「何も来ないようだが…」
「おかしいな。流星号、おいっ、流星号!」
「ふふふふふふふふふふ」
 不気味な笑いに振り返れば、そこにはサード指下の姿が。
「ゆ、指下、お前」
「俺はミクマン。流星号を返してほしければ、の中に正しい文字を入れろ。ルじゃないぞ。言っとくけど」
「なにぃ?えーと、それでは。ミカクマン。」
「ぶー。」
「ミンクマン。」
「ぶー。」
「えー?えーと、ミワクマンだ!」
「ぶっぶー。」
「えぇ〜?じゃ、ミミズクマン…か?あれ、なんだ?なんかまわりが速いんだけど!猛スピードなんですけど?どんどん加速してるけど〜〜!!」
 向かい合う彼らを放って、びゅんびゅん景色が飛んで行く。
「早く!おいっ、流星号〜〜!どこ行くの、俺ら〜!!」


第四節「船長の思い出話」

「グングン、びゅんびゅん…加速していくコノ感じ、なんとも懐かしいネ」
 アームストロング船長はうっとりと目を細めた。
 そして周囲の大混乱をよそに、こんな思い出話を問わず語りに聞かせてくれたのだった。
――そう、アレはSHIPにおいてきぼりにされたショックだんだん薄まってきて、元気でてきた頃のコトでしたネ。
 ある日のこと、チョット思いついてピクニックに出てズンズン歩いていくと大きなカモノハシが道のまんなかにうずくまっていマシタ。
「どうかしマシタか、お嬢サン」
 ワタシがそう声をかけマスと、カモノハシは苦しそうに顔を上げ、濡れたまつげをフルフルと震わせながら答えマシタ。
「お嬢サンじゃネーヨこのすっとこどっこいのノータリンの毛唐の死に損ないガァ」
「コレハ大変失礼のことシタネお兄サン。何かお困りのことありマスカ」
「あ〜る〜に〜決まってんだろがこのアンポンタン。持病の癪だよ持病の癪。すみませんが近くの宿までつれて行ってもらえませんかねえ、おにいさん」
 とトツゼンおねえ言葉になるカモノハシでありマシタ。
 ふと周りを眺めると遥か月平線の近くに朧に霞む曖昧宿が見えマシタ。
 カモノハシといえば性別や種を超えた博愛が有名でありマシタ。
 曖昧宿にいくと私もカモノハシの膝枕で優しい時間を過ごしたもの…、おっと、コレはここだけの話にしといてネ、昔のことダカラネ。
 今じゃあ流した涙も宇宙に浮かぶ星屑のひとつとなったヨ。
「ちょいとおにぃさん、何ぼんやりしてんだい。あたしゃさっきから右の脇腹がしくしく痛んでんで仕方ないってぇのに」
 カモノハシが涙目になって訴えた。
「…それじゃあカモノハシさん、久しぶりにワタシと月平線の朧向こうの…想い出の曖昧宿でちょっと休んでいきマスカ?」
「えっ…」
 とマアそーいうわけでカモノハシと仲良くしたデスヨ。
 伴侶というカね、人類じゃないのが玉に瑕ヨ。
 しかもカモノハシは科学に疎いから、この月面というものが、それはもうびっくらくらな非科学的世界になっちゃってー。
 そういう私の教養のNASAに驚いたのが、ほら、あの図書監デスヨ、カモノハシの親戚の。
「あんた学問なさすぎ。図書館に来て勉強しなさい」
 と言われてネ。
 ところが図書館と思って行ったら・・これが図書館(ヤカタ)さんの家でね。
 ご存知の通りにわりかし美人。ワタクシ、モンゴル力士くんと同じで一目惚れデスヨ。
 しかしご存知ですか?
 ヤカタさんはかぐや姫の子孫だそうで。愛の告白に一族のルールだとかでカモノハシのカワゴロモを要求されましてね。
 ある日曖昧宿で寝入ったカモノハシにナイフ片手に近づいて…。
 いやぁ、そりゃ緊張しましたよ。部屋にワタクシの心臓の鼓動が響いているようでね。
 そしたらカモノハシが
「なぁに?」
 と、いきなりむっくり起き上がりましてね。
 いや、驚いたのなんのって。だってたった今まで、ぷうぷう寝ていたんですよ。
 ワタクシ、思わずナイフを引っ込めちゃいましたよ。
「やあ。わんばんこ。何でもナイフ」
 うまく誤魔化して次の機会を待とうかと思ったその時ですよ。
 自分の後頭部に稲妻が光ったとよ。
 いやそんな気がするほどの衝撃でくずおれたです。
 クラクラしながら背後の黒い影の主を見たんだけどね、それは月の石を両手に抱えた初老の男。月の石ったって巧妙に作ったハリボテだけど、そいつでワタクシを襲ったんだ。
 それが誰かってのはピンと来ましたよ、邱武力(キュー・プリク)監督だったアルネ。映画のロケで月面に来たらしいネ。
 奴もカワゴロモ狙っていたアルヨ。
 石の次に、こんどはハリボテのモノリスに持ち替えて、カモノハシめがけて突進したんだヨ。
 カモノハシは持病の癪をこらえながら、ゆっくりとまた、曖昧宿の方へ歩き出した。
 しかし、いくら歩いても宿は近くにならなかった。曖昧宿は、カモノハシにしか見えない幻覚だったのだ。
 船長は黙ってカモノハシの後を、ついていった。
「もう少しで曖昧宿に着くからな。てやんでぇべらんめぇ!!」
 カモノハシはそう言うと突然うずくまった。
 どうやら持病の癪らしい。
「すまねぇが、これが治まるまで運んでくれないか?あぁ後ろの蹴り爪には気ぃつけてな」
 船長はカモノハシをマイバッグに入れて持ち歩き出した。
 朧に霞む蜃気楼の向こうから、ふわふわ近づいてくる人物が見えた。
「アチキは野石竹、竹取の翁の子孫でヤンス。かぐや姫様の子孫を探しにソユーズに乗ってようやく月にたどり着いたところでヤンスよ。」
 邱武力監督が送り込んだ新たな刺客に違いない、と船長はポケットからマイ箸を取り出すと、八双の構えを取った。
 ジャキーン!
 刹那、野石竹はいんちき翁風に丸めた背中をまっすぐ伸ばし、ふわりと跳びすさった。
 いつの間にか竹馬に乗っている。
 あ、転んだ。
 あまりうまくないようだ。
 月面に倒れ誰かの名を呼び続ける野石竹を、船長は箸でひょいとつまんで鞄に入れる。
 ちと重いかな。デモわたしのアームはストロングね。
 船長は軽くうなずき、竹馬をぐいん、と大きくバックスイング。
 ゲッ、ツゥ、メーン!
 インパクトの瞬間、スパークする五色の火花。
 瑞雲をたなびかせ、ゆるやかな弧を描きながら、マイバッグはみるみる遠ざかっていった。

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