メールでリレー小説2008 第一章
☆第一章 第五節 「月面(つきも)で跳ねる」
その日、邱武力一行はアポロ256号で月に到着した。
映画「月面(つきも)で跳ねる(仮称)」の撮影のためだ。
アポロと言っても昔ながらのロケットじゃない。21世紀初頭には携帯電話で世界に名を馳せていた、フィンランドNOKIA社が運行する、地球・月面間運輸シャトルである。いまやNOKIAは宇宙運輸業界のナンバーワン企業なのである。
「月面(つきも)で跳ねる(仮称)」のスポンサーはNOKIAとポロロッカ。映画の舞台は月面中学付属月面(つきも)高校。
今日の撮影は、卒業式の日、吹奏楽部の女の子(ヤカタ)に、野球部の同級生(モンゴル力士)が愛のツッパリを決めようとするが、年寄り数学教師(モノリス)にうっちゃられて、1万段の階段落ちして猿になるというクライマックスシーンだ。
「ドスコイ〜、第二ボタンをギブミーチョコレート」
上は学生服、下はマワシで張り切るモンゴル力士。
いよいよ、邱武力監督の声がかかる
「ヨ〜イ…アクション!」
「ヤカタさ〜ん!」
はぁはぁと両足飛びでジャンプしてくるモンゴル力士。
跳ねる度につま先が揃って伸びているのが妙にバレリーナ風だ。マワシの上の学生服は若干短ラン気味で、汗ばむ腹をチラ見せ、裏地の刺繍は龍と虎がにっこり握手している。
「カ〜ット!」
叫ぶ邱武力(キュー・プリク)監督は、連日の撮影の疲れも見せず、満足げだ。メガホンを片手に立ち上がると、
「ヤカタ君、校庭のシーンなんだがね」
と早速次の指導に向かう。
と突然、メリベリっという大音声が響き、背後にそそり立つ山の中腹が裂けた。
山の腹からこぼれ出す内臓…をよく見てみれば、それは、真っ赤な顔をして足下も不如意なアームストロング船長である。
「白乾児飲み過ぎたアルネ」
と、校庭の中央、月面にあって今日も盛大に旗めく校旗に
「こんにちは、お元気ですか、そして今でも愛してると言ってくださいますか」
邱武力監督ハタと膝を打ち
「あの役者は誰だ。主役交代。あいつを撮れ、今すぐ撮れ」
アームストロング「教えてあなた、愛するって耐えることコト小鳥はとっても歌が好き」
邱武力「撮れ、どんどん撮れ」
アームストロング「神戸泣いてどうなるのか、捨てられたわが身っつ、わっわっわーわが身っつ」
邱武力「どんどん逝け」
アームストロング「わが身世にふる眺めせしまに」
邱武力「はい、次は?」
突然邱武力の背後から
「月みれば千々に物こそ悲しけれ我が身ひとつの秋にはあらねど」
邱武力が振り返ると、憂いの表情で地面を眺める男がひとり。その男を眺め
「主役交代、オルドリン、あいつを撮れ」
オルドリン応えて
「我ひとり月に向かふと思ひけりこよひの月を誰か見るらん」
憂いの男はらりと長髪を掻き上げ
「われこそは月に吠えたる犬なれば心は天に横たわる骨」
この男は日本最大の詩人萩原朔太郎であった。邱武力そうとは知らねど
「はい次。コリンズいるか」
築き上げられたウォッカの空き瓶の山から酔っぱらいのコリンズが出てきて
「跳ねるんだ月は丸いぞ地球も丸い赤いカードで借金の山」
と窮状を訴える。
「おまえ寝てろ」
邱武力は素っ気ない。
「誰かカメラの前のモノリスをなんとかしてくれ。」
ここまで回したフィルムはどうやら漆黒の映像ばかりなり。
嗚呼無情。
「コーヒーを持ってきてくれ。」
邱武力叫ぶ。
すかさずコーヒーを手に現れたるはヒロインの座を虎視眈々と狙う図書館(ヤカタ)。
そんな思惑とは裏腹に、熱々のコーヒーを一口すするや否や、猫舌の邱武力はそれを月面にぶちまける。
そのとき月面に降り注いでいた日光が、頭上の地球の影に隠れ、辺りは闇。これが惑星直列の瞬間である。
天気待ちで知られる邱武力はメガホンを月面に叩きつけ
「天気予報ーっ!」
と叫んだ。
すると傍らにまたもや図書館(ヤカタ)が現れた。
こんなこともあろうかと気象予報士の勉強をしていたのよ。
ヤカタの顔に不敵な笑みが浮かぶ。アルカイックスマイルだ。
その刹那、ダイヤモンドリングの輝きがヤカタにスポットライトを当てた。邱武力の目に、まばゆい光の中に颯爽と立つヤカタの姿が映る。
「せ、千の仮面を持つ少女…!」
邱武力は少女漫画好きで影響を受けやすいキャラであった。
すっかり月影先生な気持ちになっていそいそと黒のロングドレスにお色直しをしている間に、半眼でアヤシくほほえ
むヤカタはレーザーポインタで天気図のそこかしこをジュッ、ジュワワワッと焼きながら解説を始めた。
「静かの海は波高し、くもり時々ポロロッカ。寒さの海はオロオロ歩き、神酒(みき)の海を泳げばへべれけ。それでは皆さん、また来週ぅ〜」
こうなると朔太郎もオルドリンも負けてはおられず丁々発止と、いま月面にメラメラと燃えさかる詩歌合戦の熱き炎!
「カ〜ットォ!」
邱武力監督の声が、月面に響きわたった。
ような気がした。
「よし、今日の撮影はここまで。ヤカタちゃん、相変わらずいい表情だね。萩原ちゃんもいい詩声(うたごえ)だった。バズちゃんの低音にもシビレタよ〜」
「オレも監督人生長いけどさぁ、アレだね、ほれ、今流行りのリレー小説ってやつ?それが原作の映画撮るなんて、若い頃は思わなかったな〜。」
「ねぇねぇヤカタちゃあぁん、飲みに行かないぃぃ?」
しかし、ここは月面である。
監督の誘いの声はヤカタには届かず、ヤカタは月面ホテルに引き上げてしまった。
☆第一章 第六節 「流星号少年」
「ということはさ、結局船長の出番はあんまりなかったって事?」
長く終わりのない螺旋階段のような船長のひとり語りの後、机山は言った。
「そうなのデス。しかも白乾児で頭クラクラ、あまり覚えていないアルヨ。」
「で伴侶のカモノハシとはその後・・」
「そんなことより机山、我々はどこへ行こうとしているんだ?」
指下は定員オーバー気味の流星号の中でなんとか体勢を整えながら、遠ざかってゆく月面を眺めていた。私たちは加速する気流に飲み込まれ、すんでのところで流星号にしがみついたのだ。
「指下さん、あなたがミ何クマンであるにしろ、流星号を返してくれてよかった。それに私はだんだん思い出してきたんです。私はどこかへ行こうとしていた。とても重要なことだった。そして、私の名は、名は、ナハ」
…何てことだ。自分の名前が思い出せないなんて。
「せんだみつをかよ?」
机山が私の頭を小突いた。
「名はズショ、だろ。それに何だよ、私とか言っちゃってさ。いつも女だてらに『俺』って言ってるじゃねぇか」
あぁそうだ、名前はズショ カンだ。
え、でも。
「女、だっけ?」
「ふざけてんのか?」
指下が私の頬をつつく。
「お前は俺という許嫁がありながら、記憶喪失のフリして振ろうっていうコンタンかよ」
って、なんだか怒っている指下だけれど、私、こいつの許嫁になった覚えなんかないよ。記憶喪失だろうとなかろうと、もう
「てめえら」
私も怒った。
「俺の記憶喪失をいいことに、あることねえこと好き勝手に並べ立てやがって、てめえらみたいな薄馬鹿野郎に用はねえんだ、こちとらぁ」
腕を組んで思いっきりふんぞり返ったら遠ざかっていく月 が、流星号の窓から見えた。
「ほっておけばいいじゃないか。」
そうよね。あんな奴勝手に怒らせておけばいいわ。
珍しく船長の言葉にうなずく私。
たまには、まともな事も言うのね。船長。そんな事より、図書館はどっちかしら。あの光ってるのは、暴走してる旧式のコンピュータね。
あ、画面に
「Abort? Retry? Ignore?」
って出てる。
私、このプロンプトに見覚えある…。
そうだ、私が月面中学で級長やってた頃に使ってたコンピュータの画面じゃないかしら。あの頃は、自分の心の奥底のもやもやの正体が、まだ自分でもわかってなかったのよね。学校の図書館で、三島の「仮面の告白」
ピキ〜ン!
突然コンピュータの画面が凶悪な閃光を放ち、私の思考はぶった切られた。
「な、何!?」
激しく点滅する画面から、何かもやもやしたものがわき出して、それが大きく広がって行く。
「煙!? 火事!?」
「火事デハナイ」
煙が言った。人間ばなれした変な声。
「私を忘レタノカ。お前達ト一緒に月に来テ、そのママ置いテケぼり忘れラレタ三次元3D立体とびだすホログラフィックマップ、そのナレノ果ての姿サ。こんナニぼろぼろになっちっち」。
突然の守屋浩風の口調に私もテンテケテンと鳴っちっち。
「でさ、ホロちゃん、ホロちゃんと呼ばせてもらうよ、でナニ出来るだっけ」。
ホロちゃん「メニューを表示します。1枝豆、2うどん、3焼き鳥、4麒麟、5ヱビス、6サッポロ、7美術室、8火炎放射器、9恋占い」。
「じゃ3と5」
出て来たのは焼き鳥缶詰と琥珀ヱビス。
「おい、缶切りないぞ」
私はぐっとビールをあおると
「んじゃ7と8と9をそれぞれ脂コッテリ・大辛・ミディアムレアで頼むわ」
など追加注文し、丹田に力をこめて“ズショーっ!”と息吹くとともに手刀を下ろし、缶詰を真っ二つにする。
焼き鳥を包むゼラチンが揺れている。ぶらんぶらん。
「相変わらず見事やな、カンちゃん」
と机山が半ば呆れ顔で褒めてくれる。
と、目の前を赤青黄の光彩が交錯した。
「どしたい?ホロちゃん」
「お、お、大辛は、な、無いっち、火炎放射器に大辛は危険!」
「…大辛、大辛からからから〜いoh辛い」
遠ざかる月の匂い惜しみつつ、目を細めて外を眺めるアームストロング船長は、続いて小さく呟く。
「炎と霧の大辛デスか、その辛みは遠い月にも刺さりマスか?流星号少年、応答願いマス…」
不意に窓の外が、ぱっと明るく輝いた。
じきに暗闇が戻ってみると、ほら月がまた一段と遠い。
もはやかすかなその匂いに、まつわりつくおぼろ昆布のように細くほそく伸びていく記憶の糸をまさぐりながら私は尋ねる。
「さっきの光は?」
「…どんと鳴った花火がきれいデスか?シダレ柳は広がりマスか?流星号の燃料タンクはからっぽデスか?」
船長は、引き続き要領を得ない割に物騒なことを言って私を怯えさせた。
「私たちは行くのデス、デスを潜り抜けるのデス。デスドライブ作動するのデス」
今度は床からにゅわにゅわにゅわあと薄気味悪い振動が伝わってきた。
「タンクからっぽこわくなーいデス、こわくなーいデス、デスにちょいとはいりゃ西東、デスら―だって真っ青のお、14万光年ひとっ飛びデス。。時を戻せば、時を戻せば、デスマーチだってへっちゃらデス。デススターは丸いデス。トルーパーは白いデス。デスコでフェーバーお〜マンマミーア。」
机山と指下も肩を組みコサックダンスを踊る。
その時、眼前に白く発光する空間の裂け目が現れた。制御不能のコンピュータの、点滅するモニタはこう読めた。
「時空の裂け目を発見。タキオンパルス照射。」
私は突如フラッシュバックに見舞われた。
時空に歪みが生じ、時間の感覚が曖昧になっているのか。
あの日私が、大切なものを置き去りにして来た場所が目に浮かんだ。とてもはっきりと。そこは・・・
「バーニアエンジン始動!!」
なんとか軌道を修正しようとする机山の奮闘空しく、流星号は時空の裂け目へと吸い込まれて行った。
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