メールでリレー小説2004 第一章
第一節「森鳩と山鳩」
空豆が3つ。方位磁石とくしゃくしゃのティッシュ。それがポケットの中身のすべてだった。
俺はほおーっと深い溜息をつき、藁夫と過した秋を思い出す。その情景だけを思い出す。ちょっとした黄金が地面にへばりついたような畑の上に馬鹿馬鹿しいばかりの青が、測りかねるくらいに広がっている。その空に、ひっかき傷をつけるように飛ぶ2羽の鳥。
森鳩と山鳩だ。
うすら笑いを浮かべた藁夫が
「森鳩はパロンブ、山鳩はペロンボと鳴く。なぜだかわかるかい」
と俺に謎をかけた。
そのとたん、空にさざ波が走ったように見えた。
森鳩は、その波に乗って青空の彼方に飛び去り、山鳩は誰かに撃たれたように、俺たちめがけて落ちてきた。いや、そいつは俺たちを目指して急降下してきたに違いない。だって藁夫は、けらけら笑いながら立ち上がり、俺を突き飛ばして逃げていく。
「待ってくれ」
後を追う俺の頭のてっぺんに山鳩がとまり声高らかに叫んだ。
「私の名は森山鳩実」
鳩の名なのかそれは?
「私は2つに引き裂かれた魂。1つは森鳩となって空の彼方へ飛び去り、1つはここにいてお前に語りかける。私が再び一人の森山鳩実に戻るため、お前の助けが必要だ」
助け?
「私は実を落とした。実を探せ」
高飛車な命令口調に俺は
「ミノルってだれだ!」
と思わず叫ぶ。鳩実は応えて
「それは私の一部であり、道標である。お前は私の道標を探すための道標となるのだ。」
俺は道標などごめんだ。俺は藁夫を探さねばならない。立ち去ろうとした俺に鳩実は
「私もそうやってあがいた時期があった。お前もじきにお前自身の役割を認識するであろう。我々は道標の中の道標の中の道標という同じ運命を背負っているのだ。」
俺は鳩実に向かって思いきりアカンベーをしてやった。道標がなんだ。役割がなんだ。俺は俺だ。藁夫はどこだ。こだまが響く。
おーい、おーぃ、ぉーぃ、どこだー、どこだー・・・。
ふと我に帰ると、俺は一人で山の展望台にいた。消えたこだまに空しく耳を傾けた犬の姿勢もそのままに、尻はすでにカチンコチンに冷えている。景気づけに景色でも見てやろうと赤錆びた望遠鏡に50円玉を押し込んだ。
ガチャ。
急に明るくなった視界に飛び込んできたのは1羽の鵯。愁いを含んだ視線がこちらを窺っている。
「この表情はまるで…。いや、そんなはずは…。」
俺は、心の中で自問自答した。いや、紛れもない。この緑がかった灰色の瞳は三年前、アマゾンでポロロッカに飲み込まれ行方不明のシモーヌのもの。シモーヌの生まれ変わりなのか。この鵯がシモーヌの行方を知っているのか。
飛び立とうとする鵯にあわてて手を伸ばすとバランスを崩しベランダから転げ落ちる。
落下する俺の耳元で鵯がささやいた
「パロンブ、ペロンボ、ポロロッカ…」
その鵯のささやきに、俺は今の自分の状況も忘れ、考えにふけった。
パロンブ、ペロンボ、ポロロッカ…、これは藁夫の謎かけではないか。しかし、この瞳はポロロッカに飲み込まれたシモーヌのもの、この2つをつなぐものは何か。ポロロッカに飲み込まれたのはシモーヌだけではなく、パロンブもだったのか?そして、二人は一つになって、鵯となって、今ここに。。。
気が付くと、地面が目の前に迫っていた。しかし、地面に叩きつけられた筈の身体に衝撃は全く感じられず、静かに見つめていた鵯の目に、俺はその瞬間すい込まれていた。
身体が雑巾のようによじれ、逆立った髪の毛は二十年モノのレゲエのおっさんのように縒れている。俺はクルクルと回転しながら地獄へ落下するかのように、その目に吸い込まれて行く。
ウワ〜っ!
暗転。
頭の芯がズキズキと痛む。
くそ、ここは何処だ。
気を取り直して目を開けてみる。目の前で、方位磁石が気の狂ったようにグルグルと回り続けている。俺は、空豆を齧ってみる。青臭い匂いが、俺の記憶に何かを囁く。
第二節「湖畔」
緑色の湖面から吹き上がってくる風が頬に心地良い。あの懐しい湖だ。
白いのどをぐっと反らしシモーヌは麦藁色のワインを飲み干した。
「もぎたての空豆には断然ペコリーノ・ロマーノ!これ以上相性のいいチーズがあったら教えてほしいものだわ」
などと言いながら俺の皿から大事に残してあった空豆をつまむ。
この丘でのピクニックもこれが最後だ。そろそろ出かけようと立ち上がったその時
「あれを見て!」
と叫ぶ、シモーヌの白い指先につままれた空豆。
俺とシモーヌは、空豆がいう、緑色の湖面をじっと見据える。湖面が心なしか盛り上がりはじめたのかもしれない。
二人が気をとられたそのすきに、空豆はシモーヌの指先からするりと抜け出し、丘を懸命に駆け降りる。
「いけないっ。ポロロッの力が急に大きく膨らみだしてる。こんな所にいちゃ、マメっ!…だけどどうして。まさか。湖にピルルッの力が働いてる?ピルルッが近づいてるなんて、聞いてないぞ…」…ドンっ。
足をもつらせた空豆は、黒い大きな影にぶつかる。その影を見上げる空豆。
「り、り、略夫!」
「けっ」
略夫は、空豆をむんずと掴み、放り投げる。
ヒューン。
その空に描く弧を、さっと伸びてきた鳥の脚が狐に誤変換する。鳥の脚の趣味は誤変換だ。こいつはまたそのうち登場することもあるだろう。
それより問題は空豆だ。空に狐を描いて飛ぶのは、弧を描いて飛ぶのの百倍くらい大変で、そのため防御力が百分の一に落ちた空豆は、たちまちピルルッの力に正確な位置を捉えられ、ポロロッの力うどんを投げつけられた。
「うわーーーっ、餅だーーーーー」
呑み込まれたら力持ちになってしまうま、
「うわーーっ、ナルトだーー」
力持ちになってしまうま、
「ナルト、そうだ鳴門だ」
空豆はナルトに合わせてうずしお回転を始めた、世界の潮力の総和が回転運動で倍、さらにテコの原理で四倍、いんにゃ、ボイル・シャルルの法則で十六倍となった力うどんは空豆を海豆と変身させ、高さ二万メートルのポロロッカとなり襲いかかった。
俺は逃げる、逃げる、逃げる。
ポロロッカは追う、追う、追う。
ポロロッカの向うに力うどんが麺を組んでふてぶてしく笑っている。頭上にはゆらゆらと回るナルト。食べたいほど憎い麺構えだ。俺は山へとかけ昇る。ポロロッカは高さをまして追いかける。
ふと俺は気がついた。時間の感覚というやつが、どうも俺にはないらしいぞ。こうやってポロロッカに追われて逃げてる今の俺は三年前の俺か。
それを知る手がかりは。ポケットの中には方位磁石とくしゃくしゃのティッシュの手触り。空豆はない。
なおも駆け上りながら俺は考え続ける。
ここはどこだ。ポロロッカといえばアマゾンだろうが。あの力うどんのヤツはアマゾンで何をしてんだ。移民だろうか。じゃあ俺は何をやってんだ。藁夫はあれからどこにいる?
もしかしたら・・・あの力うどんのヤツに姿を変えているのだろうか?でも、まさか。うどんに? うどんに姿を変えてしまえば、小麦粉アレルギーという体質からも逃れられるというのか。力うどんのヤツの頭上でまわるナルトは、今は亡きドリームキャストだというのか。
まさか。
そういえば、まさかの時に備えてアレを持っていた筈だ。ポケットをまさぐり、くしゃくしゃのティッシュを掴むと盛大に鼻をかんだ。いや、そうじゃない。改めて探り当てた方位磁石を取り出すと、針はナルトに呼応し猛烈な勢いでグルグル回転している。
渦だ。
ナルトと磁石が紡ぐ渦に、俺はたちまち呑まれた。その後を追うように螺旋を描き、白く輝く一条のうどん。渦は激しさを増し、俺の意識は薄れていった。
→index