メールでリレー小説2004 第一章
第三節 「心の旅路」

 目の前に大きな川が流れている。照りつける日差しが痛いくらいに激しい。
 固く握り締めた手を開くと磁石がふらふら揺れている。磁石の北が太陽を指している以外におかしな動きはない。振り向くとマングローブの林が広がっている。遠くには海が見える。海では何やらざわめきが、、、俺は気がついた。
 ここはシモーヌがポロロッカに飲み込まれた場所だ。
 振り返ると、うどん屋の屋台が…三年前、あの店で腹ごしらえをしてからポロロッカを見たんだ。名物のアマゾン空豆の天麩羅うどんを、シモーヌがどうしても食べたいと言ったから。
「へーい、らっしゃるる」
 屋台の親父が声をかけてきた、このハト顔は森山鳩実。こいつ鳩なのにうどん屋なのか、保健所の許可はあんのか。
「あんたに預かりものがあるる、三年前に一緒に来た女性からだよ」
そう言いながら、森山鳩実はカチンコチンになった餅を差し出した。
「こ、これは、ポロロッの餅…。」
 シモーヌはアマゾンでポロロッカに飲み込まれたあと、ポロロッの餅を懐に忍ばせて、ここの屋台に立ち寄ったというのか。
「親父、シモーヌはこの餅を何故ここへ?何か言わなかったのか?」
「いやぁそれがはっきりしないんでやすがね、風邪をひいたのか空豆でも鼻に詰まらせたのか、えらく曇った声をしておいでで。何ですか、『もしかしてクルルカリル?』とか『キロロの持ち味よね』とか口走っていたような覚えは微かに、、」
「親父、それはひょっとして『ピルルッの餅』って、、」
…その瞬間、俺の目の前から餅が消失した。慌てて振り返る。
「藁人形っ」、餅が消えて藁人形が現れたのなら、餅藁でできているとでもいうのだろうか。
 餅が無くなった今、親父にはもはや用はない。藁人形を携え、店を出ようとする俺の耳におかしな笑い声が
「ケケケケッ」
藁人形だ。
「笑っちゃうぜ。お前さ、俺のこと藁夫だと思ってるだろ」
「えっ…いや別に」
「隠さなくていいんだよ。どうせ藁人形だから藁夫だとかなんとか思ってるんだろ。ケケケケ」
ムッとしたがしかし図星であった。
「藁夫じゃないのか」
「違うよ。俺、藁人形じゃねーもん。俺はさ、わりゃ人形なんだよ」
「わりゃ?」
「藁夫のわ、略夫のりゃ、で、わりゃ人形ってわけさ。ケケケケ・・・」
 何だよ、それは。ひどく感じのわるいヤツだと思いながら、俺は藁夫の手懸りを見つけようとわりゃ人形を見詰めながら藁夫の謎かけを口ずさんだ。
「バロンブ、べロンボ、ポロロッカ・・・」
最後まで聞かないうちにわりゃ人形は突然、
「悪りィーや!わりーや!」
と恐縮しながらオオオニバスのうえで気持ちよく一服していた海豆に跨って、飛んでいってしまった。
 置き去りにされた俺は、ちょっぴり淋しくなっちまった。
 センチメンタルな気分ってやつに背中を押されて密林に足を踏み入れる。ゲギョギョギョゲギョギョッ。奇声を発しつつ極彩色の鳥が頭上をかすめ、魅惑のチキルーム的雰囲気満点だ。
 いいぞ。
 しばらく歩くと、直径3メートルはある大木に行き当たった。反対側に回ってみると緑色の小さな扉があり、
「チキチキ・メンタルヘルスクリニック」
という看板がなぜか日本語で掲げてある。けっ、俺のセンチメンタルなヘルスをクリニックしてくれようというご都合主義か。あいにく俺は文無しだぜっ。思わず声に出してしまったらしい。
「イイエ、おカネは一銭もいタダきません」
といいながら、その小さな扉を開けて白衣を着た覆面の小さい人が出てきた。身長は俺の半分くらいだ。
「私はチキチキの院長デス。アナタはココで治療を受けていたのデス。」
おいおい、ここって俺はまだ入ってない。
「カコを見つめなおすコトでアナタは癒されたのデス。」
ちょっと待った!するとジャングルが治療室だったてのか?
「ソノトヲリ。」
良く見ると扉には
「出口」
と書いてある。小人に促されるままにその扉を通り抜けると、俺は前いた場所に立っていた。

第四節 「夢の濁流」

 空豆が3つ。方位磁石とくしゃくしゃのティッシュ。それがポケットの中身のすべてだった。
 小人はいない。「ゲギョギョギョゲギョギョッ」という鳴き声の方向に目をやると、そこにいるのは極彩色の鳥ではなく、鵯。
「藁夫に会いたい」
俺はそう思った
 あの時の少し乾いた秋風のにおいをともなって、脳裏に藁夫とすごした情景がリアルに甦る。
 そうだった。
 この鳥だ。
 俺は、グンネラの大きな葉の向こう側に見え隠れしている鵯にそォーっと手を伸ばしていた。
 おやぁ。こいつ、ヒヨヒヨとひよどり声を出してはいるが、手触りが板っぽいぞ。おまえ本当はイタドリだろう。人をバカにすると食べちゃうぞ。
「血ガウンだな」
ひさびさに鳥の脚が趣味の誤変換をしたが、俺にはわかった。
「まったく違いますぜダンナ様。わたしゃ浮き世の渡り鳥」
そう言うなり、鳥はバルサ作りの正体を見せてバサバサと飛び去った。
 後には何かが濁っている。
 熱帯特有の湿った空気でブーゲンビリアが大きく育って、その花粉が鳥のはばたきで巻き上げられたのだろうか。あたりが黄色がかって見える。俺は、その黄色がかった空気の方へ、ゆっくりと歩み寄る。
 ふいに、背筋がぞくぞくっとし、大きなくしゃみとともに、その黄色がかった空気を大きく吸い込んだ。
 すると、足元がふらつき、目の前がぼやけ、だんだんと俺の意識が遠のいていく。まるで、生贄にされる獲物のようだ。このまま寝れば幸せな余生が待っている、という囁きが聞こえた気がした。何かが周りにいる気配がする。しかし花粉で呆けた俺の頭ではよくわからない。気を失う前にようやく判別できたものは石像の群れだった。
 石の肌に彫りつけられた荒々しい無表情は苔むしている。無数のもっさい石顔が苔むして俺を見ている。
 う、うーん、これは。これは、夢か? 夢ならいっそ、話が早い。
 先頭の、石の癖して草履のような顔をした石像に、俺は問いかける。
「お前らは、何だ?」
「ワシが何者か?そんなもの見りゃわか…(略)。貴様に説明す…(略)」
なんなんだコイツ。はっきりしろよ。
「ここは何処だ?」
「場所か?そりゃあ、こ…(略)。そらま…(略)」
空豆って言ったかも?
「空豆の事を知りたい」
「知りたい?貴様にゃ十年早いっちゅ…(略)」
ううむ。そうだ駄目モトで一応聞いておこう。
「藁夫は何処にいる?」
「藁夫?そんなヤツは知らんが…ワシならここじゃ!!!」
石顔群の中ほどにピシと亀裂が走った次の瞬間、ガラガラと崩壊する石また石。もうもうたるホコリの中にうっすらと浮かぶ黒い姿が、足元の石顔をけとばした。
「けっ」
「り、り、略夫!」。(略)だから略夫の登場とは、夢の中とはいえ余りにベタな展開に驚く俺。
「けっ、、略夫で悪かったな、オレって存在感薄いからな、ここで一発ガツンとーーー」、略夫が石頭をむんずと掴み放り投げると、一直線に俺の頭へ突き刺さった。
 俺の頭が割れポロロッカのごとく、うどんが吹き出す。それを一気に飲み込む略夫。そんなに腹が減っていたのか。痛さも忘れて、俺も飲み込む。
 最後に残った一本のわらしべ。
 そのわらしべを元手に俺は長者になった。うどんを食わせてやって以来子分になった略夫(胴体)は今や我が屋敷の執事だ。よし俺はこの夢に永住するぞ。と悦に入っていると
「がおーん」
怪異な奴が現れた。
「く・喰ってやるぅ・ぅ・ぅ」
「なんだテメーは」
「ど・・胴体夫」
「どうたいおー?」
そうか、(略)で略夫、(胴体)で胴体夫か。カッコで囲めば何でも出てくるのかこの夢は。つまり
「森鳩はパロンブ、山鳩はペロンボと鳴く。なぜだかわかるかい(藁)」
だから藁夫なのか。
「よし、こうなればなんでもカッコで囲んでやる」
俺は決意した。

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