メールでリレー小説2004 第一章
第五節 「迷走航路」

「ぶおーっ、ぶおーっ、ぶおーっ」
 三貿が鳴って、俺は目を覚ました。
 暑い。
「んもう本当に暑いよな、雛祭りだっていうのにさ」
 そういって藁夫が藁帽子を放り投げた。藁帽子はデッキの上をコロコロと転がり、六分儀の下でうたた寝をしていたシモーヌの素足にからまった。
「んもー、うっとうしいわね」
 すでに2週間となる船旅にもかかわらずシモーヌの肌はあくまで白く、その瞳は緑がかった灰色。
 藁夫の叔父がブラジル行き豪華客船の旅のチケットを送ってよこしたのは2ヶ月前だったか。カレ氏は客船運営会社の大株主様だかであらせられて、ときに空室が出ると招待枠が回ってくることがあるという。俺たち4人が年がら年中ヒマをこねて餅を搗いてるようなボヘミアンであることはお見通しで、勿論俺たちも速攻、話にのり船にのった太平洋の空の下である。
 太陽が眩しい。暑い。
「あら、モリヤマさ〜んっ」
 シモーヌが隣室の窓から顔を出す。
 と、突然の衝撃が船を揺らす。
「氷山にぶつかりました」、
「ご安心下さい、タイタニックは沈みません」
 船員の声が交錯する。
 ブラジル行きで氷山?タイタニック?
「時間と空間が交錯していますナ」
 傍らの白衣覆面の小さい人がつぶやく、
「(助かる)には(カッコ)です(ヨ)」、((カッコ)…)、((何か)の)(記憶)が(蘇る)、((世の中)(に)(カッコ)(が)(((溢))((れ))((だ))((す)()()()))。
 何の記憶だって?氷山の衝撃で窓枠にぶつけた頭が激しく痛む。何がタイタニックだ。これじゃまるで、イタイタニック号じゃないか。意識の遠くで、チキチキヘルスクリニックな院長の話し続ける声が・・・
「(メンタル)デス。」
「!」
「(この)((氷山))(は)((ポロロッカ))(の)((かたまり))(で)(す)。」
 つまりえーと、なんだその、「メンタル夫」と「この夫」と「(氷山)夫」と「は夫」と「(ポロロッカ)夫」と「の夫」と「(かたまり)夫」と「で夫」と「す夫」が現れた。
 で合ってる?
 どーせなんか違うんだろーな。わけわかんねー。
 って誰にしゃべってんだ俺。
 などと言ってる間にもタイタニック号は沈んで行く。
「おい、何とかしてくれよ」。
 大勢現れた夫軍団に俺は声をかけてみた。もはやなすすべなどないのは火を見るよりも明らかだったが。
 ため息ひとつついて、タイタニックが沈む。乗客が沈む。箪笥長持どの子が欲しいが沈む。ベネチアが沈む。貴殿の失くしたのは我が輩かとつぶやきながら金の斧が沈む。ピーターファンデンホーヘンバンドが沈む。入れ歯洗浄剤ポリグリップが沈む。夫軍団の面々は
「祭だマツリだ」
「逝ってよし」
 などと口々に騒ぎながらシュワシュワと泡立つ海面に沈む。それらを飲み込む海が沈む。それらを見つめる空が沈む。すべてのものが沈む。すべてのひとが沈む。すべてのことが沈む。すべてのときが沈む。すべての記憶が沈む。すべての夢が沈む。すべてのマリカが沈む。
 そして、最後にディカプリオが沈んだ。
 ようやく、すべての謎の旅が終わろうとしている。
 俺は、このまま逝っていいのだろうか。
「逝ってよし(藁」
 という声が、沈もうとしている俺の耳に聞こえる。この声は、どこかで聞いたことがある。そうだ、藁夫の声ではないか。藁夫の藁い声、これは鳥もなおさず鳥ちがえようもなく藁夫の声。
「ご、ごらぁ。ぶくぶくぶく」
 この声は鳥みだしている藁夫の叔父さん。そして
「沈みなさい。逝きなさい。逝けばブラジル。ブーラジールー」
 とシモーヌが明るい声で唱いだした。俺はあきれて合唱した。夫軍団も合唱している。
「ブーラジールー、ブーラジールー」
 すると真っ暗な空から巨大な海豆が降下して、剛毛の生えた青臭い莢の中に俺達全員が包み込まれた。

第六節 「鏡の向こうの世界」

「すべてが幻覚だって事がこれで判ったかね」
 院長の言葉に我にかえった。椅子に縛りつけられた私の頭から、腕からケーブルが伸びている。目の前のディスプレイに映し出されたシモーヌ、藁夫、 森山鳩実との日々、それはポリゴンで形作られたまやかしの映像だった。
「そんなバカな、どこからが真実なんですか?」
 それには応えない院長。
 しかし、その袖から落ちた一本の藁が俺の中の何かを刺激した。藁夫?藁笑稿嗤哂和良、つぶやいていると院長が
「そうだお前が何者なのか?ということを見つけ直すのが大切なのだよ。おまえの心の中には宇宙人が笑々と潜んでいる。いや、決して居酒屋で宴会をしているわけではないぞ。」
 俺は耳を疑った。
 俺の心の中に宇宙人がいるというのなら、この旅は豆乳のミルキーウェイをのし泳ぎで渡る河童の川流れのようなものではないか。
 瞬間、はるかに滔々と流れわたる白い大河を埋め尽くすカッパの大群のヴィジョンが俺の脳天を突き抜けた。
 そ、そ、そうか、わかったぞ。このカッパたちこそが宇宙人なのだっっ!
 しかし真理の天啓とは裏腹に、俺の口は
「突然そんなこと言われたって信じられるかいっ」
 と悪態をついていた。
「本当だというならそいつらと話がしてみたいっ!」
「よろしい。ご招待しましょう。あなたが縛られているその椅子は聖主人のための機械。ゆっくりと目を閉じて。」
 俺は小さな人に言われるまま目を閉じた。
 ささやくような雨音が聞こえる。いや、違う。それは大河を埋め尽くす宇宙人の呟きだった。
「ポロロッ。カルルッ。クルルッカリルッ。ムピルルッ。シュルルッカプリルッ。ディカプリルッ」
 宇宙人の言葉は続く。
「ブラジルッ。ヌードルッ。ハトポッポッポッポッ。ポロポロッ。パロン。パロンペロンポロン。ポロンブッ。ブツッ」
 突然、心の中の大河が俺の目を開かせた。
 なんだこれは。
 まばゆいほどの青い光だ。俺はいったいどこにいるんだ。光の洪水のなかに、見覚えのあるものが飛んでいる。
 あれは鳥だ。鳩だ。森鳩と山鳩だ。二重螺旋を描きながら俺をめがけて飛んでくる。
 その二重螺旋はみるみるうちにデオキシリボ核酸となり、神々しいまでの青い光に包まれていき、俺の心の中の大河は、なにかが見えるわけでもないのに、確かに森山鳩実の存在を感じている。
「パロンブ!」
 突然の金切り声と共に、闇を切り裂く続けざまの閃光。
「ペロンボ!」
 激しい羽撃きの音が不意に途切れ、やがて石のような静寂の中、俺の心は微かな気配を感じとった。
 …水だ。黒い水がどろり、どろりと渦を巻き始める。
 いけない。止めなくては。身悶えする俺の頭上で次の瞬間、勝ち誇った声が叫んだ。
「ポロ六課!」
 …そうか、鳥には鳥の脚がある。
「ポロ六花!」
 水の動きが止まった。いいぞ鳥の脚。
「デオキシリボ角さんや」
 いいぞご隠居。
 ここを先途とデオキシリボ角さん、一歩前へ、
「このマンドコラが目に入らぬかっ」
 と懐から取り出したイン・ロウを突きだし見得を切る。
「カッカッカッ」
 藁うご隠居。そのマンドコラ絵図に、森と山の二羽の凶鳥の目は釘付けになっている。

┌──┬──┬──┐
│森鳩│空豆│藁夫│
├──┼──┼──┤
│河童│(俺)│隠居│
├──┼──┼──┤
│略夫│海豆│山鳩│
└──┴──┴──┘
。・・・そして院長がボタンを押す。
 すべてのテーグルタグはカッコに一括変換され、<td>隠居</td>は(隠居)に、そして隠居夫になった。新たな夫軍団は薄笑いを浮かべ、ブーラジール、ブーラジールと合唱しながら海の底へ沈む。私は相変わらず椅子に縛られ、沈み行くポリゴンの夫軍団をディスプレイで見つめていた。
「つまり、君の脳の問題はこういう事だ、そして世界が滅んだ原因も同じだ、、、」。院長が覆面を外した。
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