メールでリレー小説2004 第一章
第七節 「揺らめく風景」

 空豆が3つ。方位磁石とくしゃくしゃのティッシュ。それがポケットの中身のすべてだったと思ったら、俺の指先に何かが触れた。
 俺はそれを注意深く握り、そっと取り出す。
 掌には緑がかった灰色の瞳をした院長がいた。
 いや、鵯がいた。
「もぎたての空豆には断然ペコリーノ・ロマーノ!これ以上相性のいいチーズがあったら教えてほしいものだわ」
 鵯が、少しフランス語訛りの聞き覚えのある声で喋る。 「うふふっ、どうしたの?そんなに目を丸くして。まあ、驚くのも無理ないわね。私にチーズの素養があるなんてあなたは知らないわよね。人はパンのみにて生きるものにあらずという諺をご存知だわよね。そうよ、人にはチーズも必要なの!世の中のどんな食べ物にも必ずそれにあうチーズがあるのよ。いい?もし合うチーズがないなんてことがあったとしたら、それはあなたが知らないだけなの。力うどんに合うチーズだって・・」。
 鵯の足が誤変換を始める、
「力うどんに合うチータだって・・」。
 ねじり鉢巻きのチータがヨイショヨイショと餅をつき、三歩進んで二歩さがる。
 祭りだ祭りだワッショイワッショイ、神輿をかつぐは夫軍団、二番神輿は新・夫軍団。その後に河童たちのソーラン節がミルキーウェイを彩り、後に続くタイタニック山車の先端ではディカプリ夫が一人前のうどん職人となった祝いにシャンパンを開け、その後には、山車の上で相変わらず覆面をかぶっているTMHC院長が、立ち上がって俺の掌の上のCMHC院長に手を振って挨拶している。
「カーニヴァルだ。カーニヴァルだ」
 と叫んでいるのはブラジル国旗の法被を着たわりゃ人形で、巨大な海豆のハリボテに乗っている。それに続くは胴体夫と力うどんだが、頭上のナルトから何やら邪悪な力を発している。
 その邪悪な力は、カーニバルの熱狂の渦をナルトの渦に変えようとしている。
 まず力うどんのそばにいた胴体夫が、その邪悪な力に飲み込まれてしまった。そして力うどんのトッピングとなってしまい、ナルトの隣に収まってしまった。
 徐々にその力が広がってゆく。
 そして、海豆のハリボテに乗ったわりゃ人形が海豆もろとも豆モヤシに変身、やはり力うどんの具となる。山鳩夫と森鳩夫も巻き込まれ、力うどんは鳩南蛮力うどんへとバージョンアップ。南蛮にはネギが必要だということで藁夫夫がネギに(ちなみに薬味の方のネギになったのは略夫夫)。河童夫の頭の皿はそのまま皿になり、河童のカッパ巻がその上に並ぶ。
「すいません醤油ください」
「はーい」
 隠居夫が醤油になって、鳩南蛮力うどんセット(カッパ巻付き)の完成で〜す。それでは試食にまいりましょう。
「豪華ですねぇ」
「あ、鳩のダシはよく出てますよ」
「喉越しがたまりません」
「そろそろ採点の方をお願い…アレ、今日のゲストはどちら、、」
「あんぐわ〜」
 見えなかったのは道理かもしれない。お招きのオオオニバスは彼らを丸呑みにしてしまった。
「オオオニバスさん、この話はいったいどうなってしまうんで?」
「オムニバスだよ〜」
 ああ!プルーストよ、お前もか。失われた時は今ごろ、紅茶の大海に溺れるマドレーヌ、天つゆの淵に沈む大根おろしと手に手を取って逃避行の真っ最中だ。
 そんなこととは露知らず、オオオニバスに呑まれた鳩南蛮力うどんセットその他いろいろ御一行様はウツらウツらとまどろみながら、次のバスがもうもうと土ぼこりを蹴立てて田舎道をやって来るのを待っていた。ケシつぶほどだったバスは思いのほか速いスピードで、ぐんぐん近づいてくる。ぐんぐん近づいて、どんどん大きくなってくる筈のバスは、遠近法を全く無視して、小さいままやって来た。俺はCMHC院長を、そのケシつぶほどのバスに乗せてやった。
「 じゃあ。」
 その様子を見ていた森鳩と山鳩は知っていた。
「ここからなら何処にでも行ける。」
 森鳩は再び、空の彼方へ飛び去った。


第八節 「邂 逅」

 あれから幾日が過ぎただろうか。未だに、頭の中で現実と幻覚と夢の区別が付かない。
 ただ、いつも空豆だけは俺とともにいてくれた気がする。実は空豆がシモーヌの生まれ変わりなのでは、そんな考えも頭をよぎる。
 い、りゃん、さん…ポケットの空豆を机に並べ、俺は数えた。
 い、りゃん、さん、す…そもそもポケットに空豆が入ってるってのは何かおかしくないか…い、りゃん、さん、す、う…ティッシュはわかる。磁石もわからないではない。しかし空豆とは?…い、りゃん、さん、す、う、りう…しかも、数え直すたびに増えているような気がするのだが…い、りゃん、さん、す、う、りう、ち…俺の気のせいだろうか。いや、やっぱりヘンだぞ。
 い、りゃん、さん、す、う、りう、ち、ぱ…と数えた瞬間、8番目の空豆が「パはパロンブのパ!」と叫んで飛び上がった。
 トコトコと机の端まで駆けていった空豆は、開いた窓からつるりと身を躍らせるから俺もあわててその後を追いかける。
 8番目の空豆が描くかぼそい放物線に、青いシャツの裾をはためかせた俺の弾道が食らいつく。追いつく頃には地面と衝突かなと思ったその時、俺の弾道はライフルをきかせてククイーンと延び、みごとパロンブ空豆にドッキングした。
 じわじわと俺の頭が空豆に食い込む。ああ、青臭や、青草や。
 ところが背後になにやら大がかりな雰囲気を感じ、エクソシスト的に振り返って見れば、なんとまあ驚いたことに空豆の数列が数珠繋ぎになって、後から後から到着してくる。それを追って、無限とも思われる「俺」の弾道が食らいついてくる。ほとんどビデオアートのフラクタル画像のように、部分は全体に、全体は部分に、無限の相似形が広がってゆくではないか。
 巨大化したフラクタルは巨大な曼荼羅となり、世界全体に広がっていく。
「これが宇宙の成り立ちだというのか!」
 無限の相似形となった俺が叫ぶ。
 俺の叫び声は、散在する光の粒子を黄玉に変えた。そこに時々、空豆が姿を現す。現れては、消え、また別の場所に現れてはふっと消える。俺は空豆の気配を必死に探した。
 その時、巨大な曼荼羅の中心にある照妖鏡が森山鳩実の姿を映し出していた。
 ジャキッ、背後で音がする。
「おい、そこの糞ったれファッキンビーン! 俺様が出て来いと言ったら、すぐ従うんだな。従わない奴はみんな糞餅だぜ」
「お、叔父さんっ!」
 驚いてる暇もない。
 照妖鏡に映る中、藁夫の叔父の弾道は森山鳩実めがけ軌線を伸ばす。
 いや違う、目指しているのは森山鳩実ではなく、その後ろにいる影だ。俺にもやっと見えてきた、何やら剛毛の生えた青臭い莢の邪悪で巨大な影だ。
 ぶよんと動いたかと思うともういちど誘うようにぶよんと動いた。藁夫の叔父の弾道は森山鳩実をかすめて莢へと向かう。莢の皮が割れたかと思うと中から子葉が飛び出し、照妖鏡を覆いつくす。
 弾道は葉の中に飛び込む。だが手ごたえがない。葉の下から蔓が伸びはじめ、みるみるうちに巨大な曼荼羅をも覆いつくしてしまう。曼荼羅の前にできる巨大なつぼみ、森山鳩実の姿はもはや見えない。
 俺と叔父に向かって蔓が伸びて、体中に巻き付いた。蔓は俺の体を空中に持ち上げると、繭のように覆いつくす。つぼみの前に捧げ物のように俺の体は浮いた。
 なす術も無く時間が経った。
 太陽が落ち、夜の闇が訪れた。また太陽が登った。そして180万回の昼と夜が繰り返されのを俺は見つめていた。5000年の時がたち、つぼみが開いた、俺はシモーヌに会える時が来た事がわかった。
 つぼみが開くと、そこには一羽の鵯がいた。
 そして、輝く太陽に向かってはばたきながら、
「もぎたての空豆には断然ペコリーノ・ロマーノ!これ以上相性のいいチーズがあったら教えてほしいものだわ」
 と鳴く。
 そして、力強く羽ばたくと、その姿は太陽に吸い込まれ、次の瞬間憂いのある灰色の瞳の、忘れもしないシルエットの女性が、目の前にいた。
「シモーヌ」、思わず叫ばずにはいられなかった。 →index