メールでリレー小説2004 第一章
第九節 「知るも知らぬも有耶無耶の関」

「シモーヌ!」
「もぎたての空豆には断然ペコリーノ・ロマーノ!これ以上相性のいいチーズがあったら教えてほしいものだわ」
「シモーヌ、会いたかった」
「もぎたての空豆には断然ペコリーノ・ロマーノ!これ以上相性のいいチーズがあったら教えてほしいものだわ」
「シモーヌ…?」
 どこからかジジジ…という微かな音がする。
 灰色の瞳が不意にくるりと裏返り、開いた2つの空洞から2羽の鳩が顔を出した。
「ポッポ、ポッポ、ポッポ!」
「3時、3時、3時!」
 交互にパタパタと羽ばたきながら2羽の鳩が時を告げる。
 そうだったのか、シモーヌ…。
 俺は湯を沸かしてとびきり丁寧に2人分の茶を淹れ、5000年もののポーレー茶の深く澄んだ琥珀色と日向くさい香りに、ほおーっと深い溜息をついた。小首をかしげた森鳩と山鳩がこちらを見ている。俺は覚悟を決め、2羽の鳩に呼びかけた。
「さあ、行こうか。実のところへ」
 やや緊張した面持ちで森鳩は答えた。
「ここからは遠すぎるとお思いになりませんか。」
 透かさず山鳩が口を挟む。
「お前が探せ。実を探せ。」
 その相変わらずの命令口調に、あの頃を懐かしむ。俺はもう一度確かめるように2羽に告げた。
「行こう。実のところへ」
 山鳩は、あの日のように俺の頭にとまった。森鳩は、俺の道標となるべく、俺の前を歩く、歩く、歩く。
「遺構美濃る能登頃へ」
 突然、歩いていた森鳩の脚が趣味の誤変換を始める。
「美濃?能登?」
 俺は小さな影に導かれるように歩を進める。
 冬の美濃禅定道は人を拒絶するかのように厳しい白衣を纏い、俺の草鞋をせせら笑う。
 ピルルっ、ジールーっ。
 深い沢に暗黒の峰から吹き下ろし渦を巻く風の音は、古代の修験者が白山に遭遇した河童の宇宙人の声だろう。
「ああ遥か能登は藁夫と過した秋のように遠いのかっ」
 絶望感が俺の頬をつたい落ちる。そのまましゃがみこんでしまいそうになった俺の前に白い羽が舞った。
「ら、雷鳥の長者!、わらしべをくわえている!」。
 でも単にくわえていただけなので一生、ふつーの雷鳥のままでした。とっぴんぱらりのぷー。
 そんな事を考えながら三日三晩歩き続け、辿り着いたのはチキチキ山クリニック寺の山門。
 広大な本堂の中では無数の僧が座禅中。よく見れば略夫、わりゃ人形、石像、新旧夫軍団、河童などなど、懐かしい顔ばかり。読経が
「パロンブ、ペロンボ、ポロロッカ…」
 と響く。法力に満ちた僧たちは1メートルほど空中に浮かび上がり、それぞれの頭上には空豆が回っていた。
「パロンブ、ペロンボ、ポロロッカ…」
 の経文を唱えながら、空中浮遊した僧の間をCMHC院長とTMHC院長が五体投地で進んでゆく。その行く先には、白衣覆面の小さい人が、一段高い位置で袈裟を着て読経をしている。その奥には巨大な曼荼羅が掛けられていた。思わずその曼荼羅に吸い込まれるように、五体投地をしている自分がいた。空豆の回る中、空薬莢の回る中、くるくる回る糸車の中、あんなにあんなに早く、粉ひきのオジサンいつまで寝ているの。
「しまった」
 ガクン、と驚愕夢があって、俺は目覚めた。
「ずいぶん長く眠っていたのね」
 と、シモーヌが笑っている。
「ペコリーノ・ロマーノも、麦藁色のワインも、もう売り切れちゃったわよ」
 湖面から吹き上げる風も冷たい。
「なあ」
 と、俺は思わず言った。
「藁夫はどこにいるんだろう」
 すると突撃ラッパが湖の向うから響いてきた。シモーヌが答えて
「ああ、あの音のするところに藁夫はいるわ。藁夫は常に現実に挑戦することで自分を確かめているの。あなたの夢の中でもいろんな役割をしていたわね。」
「俺の夢の中で?しかし何故突撃ラッパ?」
「それはあなたが自分の頭の中で《挑戦》=《突撃》と解釈しているからよ、あなたはここで夢から醒めたつもりだったわね、でもここが現実だとどうし」
 バーン!
 皆まで聞かず俺はシモーヌに体当たりした。だって突撃が挑戦だから。
 バーン!
 安物の鳩時計はバラバラに砕け、内蔵をあたりにぶちまけた。なるほどこれがシモーヌの内蔵か。時計の部品の周囲を埋め尽くすのはケシ粒フィギュアの大群だ。鳩。鵯。院長。豆。河童…なんだ藁夫もここにいたのか。おい何か言えよ。誰だよ笑ってるのは。あ俺か。…骨?なんで骨なんか…真っ赤だぞこの骨、おい、
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