☆第二章 第五節 「古井戸地下探検隊」

 シモーヌの体内に鳩時計と東京タワーが無事おさまり、その傷が癒えた頃、ちぎれぐもの隙間からオバQ鳥がぺこぺこ飛んできて言った。
「はろーー。あのね、KGB(略)基地の奥の、藪蛇(略)支店のもっと奥にある朱の扉の向こうはネ、すてきなお宝いっぱいの、罠と魔法のだんじょんなのネ。ボクといっしょにいくとネ、1200円で短剣と旅人のふくも貸してくれてネ、12時間あそびほうだいなのネ。いっしょにいこうよ、KGB(略)基地の奥の、藪蛇(略)支店のもっと奥にある、朱色の扉の向こうへネ」
 しかしシモーヌはゲームが嫌い。
「興味ないわ」
「ばけらった…」
 ちぎれぐも飛ぶ空の下、オバQ鳥はぺこぺこと、東京タワーのなくなった、港区めざして飛び去った。と。飛び去ったのはオバQ鳥だけじゃない。河童の宇宙人も飛び去った。鳩も鵯も飛び去った。なぜか藁人形も飛び去った。あ。その先の港区方面で、醜悪なジャイアント海豆が
「むぐおわーふおわー」
と奇怪な雄叫びを上げているじゃないの。ああ嫌な声。いったい何、この世界は。
 シモーヌは両耳を押さえて逃げ惑う。
 そうだ、例の古井戸に隠れていよう。河童の宇宙人は、もういないんだもの。我ながら素晴らしい考えじゃない。
 急いで口で吸え、をヘッドホンで大音量にしながら、シモーヌは古井戸へ向かい、古井戸へ飛び込んだ。そして若い頃に訪れたKGB横穴式秘密基地を目指した。
 しかし、昔と違って入り口の目印となった藁人形は飛び去ってしまっていて、入り口が分からない。
 そのときシモーヌは、光苔の淡いおぼろな光にふちどられた扉の輪郭を目にした。手さぐりでノブを回す。中の薄暗がりを透かして見ると、どうやら左右に二本のかなり急ならせん階段があり、下方へと続いているようだ。一歩前に出たその足もとで
「私の名は青春の光トカゲ」
 と声がする。トカゲの名なのかそれは?
 ぼうっと光る小動物はこう告げた。
「らせん階段の一方は南米に、もう一方はアフリカに通じている。ただしどの階段がどちらに行くのかは私も知らぬ」
「ではどちらがアフリカにつくのか一緒に知りましょう」
 シモーヌはそういって小動物を抱え上げると、足の向くままに片方のらせん階段を駆け下りた。光トカゲの明るさのおかげで足元がかろうじて見えている。地球の裏に抜けるほど駆け下りた後、また分岐にさしかかった。足元には光トカゲでも照らされない小動物がいる。小動物は
「私の名は闇トカゲ、より暗いほうが正しい道である。」
「あら暗くては見えなくてよ」
「斯は心の闇に浮ぶ道即ち、」
「おだまり!」
 カッと見開かれたシモーヌの両の目から飛び出した森鳩は光トカゲを山鳩は闇トカゲを口にくわえ、空に美しい二重螺旋を描いて去った。
「ハハハ、」
 いつの間にか開いた横穴から現れた男。ヒョードリ書記官である。
「好物のトカゲに我慢し切れなくなりましたか。困った鳥たちだ。ところでシモーヌ、君は義経を知ってるね。彼がどうやって大陸にジンギスカン鍋を伝えたか…」
 突然、シモーヌが大量のつまみ菜、機械部品を吐き出し苦しむ。やがて金髪をなびかせ立ち上がったシモーヌは、若く美しく、誰がどう見ても18歳だった。
「ヒョードリ書記官、いままでの私は悪の手先森山鷹之進のつまみ菜と鳩にに操られていたのだわ、世界を救う仲間を求めてキリマンジャロへ向かうわよ。」
 古井戸はKGBの弾丸地下列車の乗り場に通じていた。運転席にはワリーヤがピロシキをくわえてスタンバイ、ヒョードリは車掌となり
「私立カメレオン女子高校裏古井戸発、ウラジオストック、カブール経由、キリマンジャロ行き弾丸地下列車がまもなく発車いたします」
 とアナウンスした。
 KGB弾丸地下鉄道は、アフガン侵攻を契機とし極秘裏に建設が進められたものであるが、すでにペルシャ湾、紅海を海底トンネルで抜けてタンザニアまで開通しているのである。ワリーヤ運転手の背中はぴんっとまっすぐで、赤い帽子にはトカゲのバッジがきらりとひかっている。
 ヒョードリは続けて言った。
「終着駅が近くなると、なつかしいにおいがしてきますよ。でもそこには、すこししかいられないのです。」
 両手をこすりあわせながらうつむく彼の表情に、俺はその理由を聞けなかった。


☆第二章 第六節 「白山域ニ於ル雷鳥崇拝ト農事ノ研究 著:前埜略夫」

「おーいゼンリャク、そこの畝さば測ってみれ」
 蛭留教授ノ軽快ナ口調ガ、余ノ渾名ヲ喚ル。余等ガ農事ノ調査研究ノタメ白川郷ニ入リテヨリ、十日ガ過ギタ。作業ハ順調ナル進展ニアリ、白髭ヲシゴクヨウニ撫ゼル教授ノ癖ガ屡々見ラルル。御機嫌麗シイ証左ナリ。
 ソモソモ此ノ地デ合掌シタルガ如キ家屋敷ノ有様ハ、白山修験ノ根拠地トシテノ宗教観ト深ク関ワリ、トリワケ雷鳥ヘノ興味深キ畏敬ノ念トイフ物ガ日常ノ農作業ニ及ボス様々ナル影響ハ、他ノ土地ニ凡ソ類例ヲ見ヌモノナリ。譬ヘバ、其ノ年ニ初メテ種籾ヲ播ク者ハ、両手ニ籾ヲ握リテ激シク羽搏キテ後、雷鳥ヲ模シテ田圃ヲ縦横ニ駆ケメグル等々。
 本調査ニ於ケル余等ノ最大ノ関心事ハ、近々催サルル雷鳥ノ長ノ神事ニアリ。古来伝承ノ神事ナレド、未ダ謎多シ。蛭留教授ガ余ニ告グル。
「ほんでもってよ、古老の話では山のあそこんとこの雪が鳥の形になった三日後に神事を催すんだと」
 余ガ山ヲ眺ムルニ、鳥ノ尾羽ガ姿表サバ即チ鳥ノ姿ヲ成スナリ。再ビ蛭留教授ガ余ニ告グル。
「このぶんだと神事は来週の2月29日になるやろう、と古老が言っとった。でよ、神事を見たい言うたら、あかんと言われた。見んで参加しろだと」
 余ガ応エテ
「そんなあいそんない。よそもんやとめとにしとるがやろ。ほや、教授は見ていいがか?」
 教授ハ余の目ヲ見ズニ
「なーん、わしもだっちゃん。わしら見んで参加するがや。」
 余ハ
「ほーけー。わっしゃー見るぞいや。神事は人でむたむたになっとるさけ、おんぼらーっと行ったふりしてあのかたがった社の裏から見よ。」
 教授ハ怯ンデ
「ああ見まっし。わしゃ見んぞいね。古老の言うことは守らんと。」
 夜トナリ一人オールナイトニッポン聞キツツ神事覗キミルニ、巨大ナル雷鳥現レ余ヲ食ライ飛ビ去ル。余絶命ス、、、
「語り手食われて困ったでの、」
 教授が悩む所に恐山から卒業旅行に来ていたイタコの鯛子が
「潮来のイタロ〜、ちょっと見な〜れば〜」
 と通りがかった。名産どぶろくようかんで略夫の口寄せを頼むと快諾、すぐに霊が降りた
「わーしーが略夫じゃー、」
 ともう一人霊が降りた
「オーソーレーコスミコーミーケーブーチトラーチビニャンコーミケー。フーユノヨールー、ヒトリノタービビトーガー」
 ってこの霊は別の霊じゃないか、と、あなたは怪しむ。
「ごめんな、おらちと間違えてイタロ・カルヴィーノの霊下ろしただ」
 イタコの鯛子、白髪頭を掻き姪の隊子を召喚する。姪の隊子、ブリキ頭を叩いていわく
「我いたろノ遺作『霊長類』中ノ人物ナリ。我ラ鳥類ヲ哀レミ殺シ羽根ムシリ焙ルハ大漁豊作ノ祈願ナリ。雷鳥ハ霊鳥ニシテ類鳥ニアラズ全テノ類鳥ノ上ニ君臨セシモノナレバ雷鳥ノ脚ハ凡庸ナル誤変換ヲ為サズ大イナル超誤変換ノこんじきノ雲ニ包マレぽんぽこぴ〜 やあみんな元気〜? ボク略夫だよ。ってか?」
 おお、略夫の霊が下りた! さあ再び語り手に!
「かたりて? なーにーそれ」
 様子がおかしいことに気づいた蛭留教授がたずねる。
「君の姓名は?」
「ボク中ムラ略夫〜。チュウリャクって呼んでねんのねんのねん」
 なんと、略夫にも種類があったのか!
 そして、隊子におりたチュウリャクが語り続ける。
「白山デハ古ヨリ空豆ヲ尊ビ収穫ノ祭事ハ盛大にオコナハレタ。ソシテ雷鳥ヲ喚ビ、雷鳥ニ乗ッテ木曾ヲワタリアルイタモノノヨ。あーん、でも思い出そうとすると、頭が痛ヒ。あとは、面倒なんで弟の興梠略夫。通称コウリャクにまかせたワン。」
 と言って。チュウリャクは隊子から、去っておさらばおさらば。
 見るからに神経質そうなコウリャクはしきりに黒ぶちの眼鏡に手をやりながら、
「兄さんは、いつもこうだ。僕がなにをおもっているかなんて気にしちゃいない。けど、まあ、いいでしょう。まず、僕がわからないのは、雷鳥崇拝なのに雷鳥に乗ってしまうところです。雷鳥が最後までくじけないで歩いた年は豊作といわれていますが、これは、ワンツーワンツーくじけないで歩けとチータも言ってますように、日本人の宗教観の典型的表現でしょう。してみますと『雷鳥に乗る』は祝詞でノリノリだぜの意、即ち魂が雷鳥に宿るという事と」
 而シテ余ハ此ノ世界ノ前世中世後世ヲ超エタル由縁ニ寄寓スル身ト成レリ。
 殊ニ聖ナル山ノ力ヲ借リタレバ、余ハ雷鳥ニ宿リテ時間ヲ自由ニ往来スル能フ。余ノ発見セシ聖山ハ、白山/さがるまた/あこんかぐあ/きりまんじゃろ等々ナリ。

→index