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 メールでリレー小説2008 第一章    

   第一節 「図書館はどこですか
   第二節 「図書館は僕ですか
   第三節 「図書館は僕ですが
   第四節 「船長の思い出話
   第五節 「月面(つきも)で跳ねる
   第六節 「流星号少年
   第七節 「見よ、あれが銀河の灯だ
   第八節 「地球をさがして〜銀河鉄道XYZ〜
   第九節 「私は帰る きっと帰る
   第十節 「ボク/ワタシたちに明日はない…??
   第十一節 「銀河(ぎんがわ)のロマンス

   第一間奏 「ペリカンさんの点取占い
   第二間奏 「干満の中の緩慢


   → 第一章:署名入りバージョン
   → メールでリレー小説2008:目次

Mail御感想・御意見はこちらまで



 
☆第一章 第一節 「図書館はどこですか」

  [第一節のしばり:各筆者必ず一度以上、誰かに「図書館がどこにあるか」を質問させる。]

「おかしいな」
 途方に暮れてあたりを見回した。
 駅前の道を、いつものようにまっすぐ歩いてきただけなのに。
 いつもと同じ蕎麦屋やバス停、コンビニ美容室カメラ屋などを通りすぎ、いつのまにか見たこともない景色の中を私は歩いていた。十年通い慣れた一本道を、今さら間違えるはずもない。
 何かが変だ。
 通りかかった初老の男をつかまえて聞いてみた。
「すみません、このへんに図書館があったと思うんですが…」
「オマエさんはあったと思うんだね?」
「え、あ、ハイ、区立の図書館です。入口の両脇だけ赤煉瓦を積み上げたような装飾になっている…」
「思うんだね?」
「はい…」
「ならば、それはあった、」
 初老の男は、やおら、ついていたヒネリトコブシの杖を振り上げ夕焼け雲を突き刺すようなポーズをとる。
「ある、ということの喜びに震えながら、それは待っておるんじゃ」
 (しばしの沈黙)
「ところでお嬢さん、このへんに図書館はなかったかね?」
「な、なんですって?」
 思いがけぬ問いに、耳を疑う。
 だが男の目は、もはや私を見ていなかった。
 くわっと見開いたマナコが凝視するのは、高々とかかげた杖の先。そこにいつのまにか鎮座していたカラスは、小首をかしげた。
「で、図書館ってのはどこなんだい?」
「ええい、ヒトにものを聞きながら頭が高いっ」
 男は杖をしゃにむに振り回すが、カラスは平気ですぐ上をホバリングしながらこちらにウインクし、続けて叫んだ。
「で〜?図書館はドコだ〜〜ィ??と〜しょか〜〜ん!」
 カラスの声は重なるように夕暮れの町に吸い込まれて行く。
 見知らぬ町、初めての風景。
 男はおもむろに手を止めて、杖の先のカラスを自分の鼻先に持ってきて尋ねた。
「おまえ、今の。腹話術でシャウトしてたな。」
「腹話術じゃニャーずら、ホーミーずら、Where〜 is〜 the〜 library〜?」
 、カラスのホーミーが町に響くと、それに呼応するようにビルの向こうから身長2メートルから50メートルはありそうな巨大なモンゴル力士が現れた。
 ドスコイ、ドスコイのホーミーの美しい響き。あ〜、ドスコイ〜、 ドスコイ〜。
 モンゴル力士は、四股を踏みながら夕日の向こうに消えて行った。
 その巨大な足跡からニョキニョキと、無数の図書館が伸びてきた。
「こんなにあったらどれが私の行きたい図書館かわからないじゃない!」
 私は大声で叫びました。
「何か図書館に目印はないですか?」
 カラスはききました。
「目印はないが無印はある」
 と、腰をぬかしていた初老の男が言いました。
「問題は無印の図書館がどこにあるか、ということだ」
「そういう問題なら」
 とカラスは肩をすくめました。
「ぼくの出番じゃないみたいだね。でもネズミならばそこいらの図書館に印があったとしてもかじって無印にしちゃうかも。」
「目印をかじって無印に?」
 初老の男は
「そうじゃない。目印がないのが無印、その無印が目印、目印はなくてある。無をかじって無にすることはネズミにはできない。せいぜい柱をかじってあるかいっくすまいるの像でも作る位だろう」
 私は初老の男に聞いた。
「図書館がどこにあるかいっくすまいるを刻まれた像を探そうとしているうちに、あなたの顔、まるで…」
 初老の男の顔には、いつの間にか曖昧で不気味で寂しげなな微笑みが湛えられていた。
「まるで、今にも…」
 私は言い澱んで空を仰いだ。
 最後まで言ったらもしかしたら私が図書館になってしまうのではないかという恐怖心が胸をよぎったのだ。
「図書館が、どこにあるかって?」
 初老の男が私に聞いた。指先がついとのびて、壁に取り付けられた、ぼんやりと光る板を指し示す。
「あれは、インタラクティブ立体ホログラフィックマップだ。ボイスレコグナイザがついていて、3Dマップで示してくれる」
私は、突然横文字だらけになった男の言葉に戸惑いながら、その機械仕掛けの地図に話しかけた。
「この図書館は、どこにあるのですか?」
「ここは、フィンランドですか?」
 相変わらず、カラスはわけのわからないことを言って私を混乱させる。
 地図は私とカラスの声を認識すると妙になれなれしい声色で答えた。
「・・つーか、フィンランドの図書館って、どこ?」
 カラスのせいで地図も混乱している。
「だいたいフィンランドって・・・」
 カラスにむかって思わず突っ込み、気を取り直しもう一度質問しようと深く息を吸った。
 すると、
「はいっ喜んで〜」
 かすかなハム音と共に突然部屋全体が光り始め、ヘルシンキの町並みが浮かび上がった。
 しまった!訂正しなければ!
「あ、あ、あぅ・・」
 町並みの美しさに気をとられて、うまく言葉が出てこない
「あぅ…あふ…がにすたん…なんちゃって
 ヘルシンキの町並みがかき消え、岩だらけの荒地に大勢の武装兵士が
じゃなくて! もっと危なくないとこ…えーと」
 すかさずカラスが
「月面?」
「それだ! 

げえっつめーーーーん!!

「あバカやめ」

 そんなわけで私達は今、全員が月にいるのである。
「あの、図書館はどこに…」
 誰も答える者はない。
 普通に呼吸ができることを心の底でいぶかりながら、黙って顔を見合わせるばかりである。


 
☆第一章 第二節 「図書館は僕ですか」

  [第二節のしばり:舞台は「場所:月面中学校内/時:放課後」からはずれない。]

「おーい、ズショ!」
 と呼ぶ声に振り返ると、机山の奴が箒をバットに構えている。
「なんじゃね、ん、」
 ポコッ!…痛っ。
 側頭部に、飛んできた消しゴムが当たった。
「悪ぃ悪ぃ」
 じゃねえっての、板野。
 ハイ、もうピンと来た読者諸賢もいるだろうけど、俺の名は図書館、月面中学2年B組の級長である。
 「館」…Kanって名前は最後に愛が勝ちそうで嫌いじゃないが、椅子谷集落に多い姓である「図書」の家の者に生まれた長子の名は代々これに決まってて、当人の好きも嫌いもお構いなしってことだ。
 ちなみに3軒先に住んでる従姉は長子で長女で、名前はやっぱり図書館と書いて、Yakataと読ます。
 わりかし美人だ。
 それはさておき、問題は板野と机山の、のーたりんコンビである。
「遊んどらんで、お前らはよ掃除せんかアホタレ」
 と、まずは板野をどやしつけた。
 今日は早く帰って、うちにホームステイ中のモンゴル力士と一緒にヤカタの家にいくのだ。
 モンゴル力士はヤカタに一目惚れてしてしまったらしい。恋のツッパリを決めると言ってきかない。
『ヤカタさん〜ドスコイ〜』
 ヤツは昨夜も遅くまで眠れなかったようだった。…不憫なやつだ。
 しかしヤツの名誉の為にも、男同士の約束、誰にもサトラレてはダメだ。
「ドスコイ〜」
 幻聴か?
 ヤツの声がきこえる…って、いる!
「来ちゃった…」
 頬を染めたモンゴル力士が圧倒的な体躯で迫ってくる。
 あ。ちょっと待て、誰か来るぞ。
「あー図書館君。そこに見慣れない大男が褌いっちょで突っ立っておるが、誰かね」
 ちょ、超やべー、ありゃ図書監だ。
 俺、あの先生、苦手なんだよ。
 困ってモンゴル力士の顔を見ると、ヤツは頬を染めたままキッチリと四股を踏んでからお辞儀をして図書監先生に
「ドスコイ〜」
 って、それしか言えないのかお前は。こうなったら俺も
「どす恋〜」、
 ええ!ひょっとしてモンゴル力士のお相手は図書監?図書館じゃなかったのか?
 俺の声に呼応するかのように図書監はこちらを向いて軍配を返した。
 呆然と見守る俺、出足の早いモンゴル力士、そこでかかる待ったの声は、ボロボロの宇宙服を着たアームストロング船長だった。
「OH〜、カンさん、ヤカタさん、センセイ、オヒサシブリです〜、ミナサンお元気SO-DAY、何よりデス〜、SHIP、ワタシを置いてカエッタヨ、39年間サマヨッタアルヨ」。
 なぜか語尾は中国人風になまりつつ船長は涙ぐんだ。
「じゃあ、今晩は歓迎のチャンコ鍋ね」、
 ヤカタは突然張り切りだして
「カン君、土鍋が倉庫にあるから持ってきて!先生は温室に行って、白菜とねぎを取ってきて下さい。私はお湯を沸かしておくわ。」
 ヤカタはちゃんこ鍋の仕切ってみんなに指示をだした。
「俺たちは、ポロロッカに行って、鶏ガラ、昆布、生姜、ニンニク、タマネギ、ニンジン、椎茸、エノキ、木綿豆腐、油揚げ、薄口醤油と白飯を買ってくるぜ!」
 机山と板野は掃除を放り出したまま、飛び出していった。
「鍋といったら太極(タイチー)アルヨ。NASAの忘年会じゃ決まってコレ、食べるネ。でもワタシいつもコレ食ベル、ニンニク買うの忘れないでネ、ニンニクは…」
 アームストロング船長のアームがストロングなのは、栄養たっぷりのこの鍋のお陰であった。
 放課後の校舎内にちらほらあかりが灯りはじめグラウンドの野球部も重いコンダラを引くのをやめ帰り支度を始めた。
 俺は急いで倉庫に鍋を取りに行った。するとモンゴル力士が俺の後ろから、
「早くぅヤカタちゃんに告白したいっす!」
 と汗だくで駆け寄ってきた。
「そうだなあ、お前、なにか鍋の秘伝とか知らないの?ヤカタにかわって鍋をうまく仕切るのさ!」
「ヒ、ヒデン・・アームストロング船長に弟子入りするっす!弟子になってニンニクの奥儀を体得するっす!」
「何言ってんだ。今から弟子入りして間に合うわけないだろ。こういう時は直感で勝負するんだよ」
「直感すか」
「見ろ、みんな集まってきた。いよいよ始まるぞ」
 西の門から、食材を山ほど抱えた板野と机山が姿を現した。
 東門からは、髪を振り乱したアームストロング船長が。
 南門には白菜を口にくわえた図書監の姿が見える。
 そして北門を押し開けて入ってきたのは、白馬に乗ったわが従姉・図書ヤカタ。
 校庭の中央には俺とモンゴル、そして非情のコンダラ。
「ここの校庭ってこんなにいっぱい門ありましたっけ」
「いいからコンダラは黙ってろ、」
 びゅーう。ぼーぉ。
 俺の頬を、突然の禍々しい風が嬲り、校庭は暗い影に覆われた。
 中央ににじり寄っていた、板野机山・アームストロング・図書監・ヤカタも歩を止めて上空を見上げている。
 黒々とした影、それは!
 羽渡し100mはあろうかという巨大なカラスが、鈍赤い瞳を輝かせながら悠々とホバリングしている。
 その鈍黒い嘴が動く。
「ト、図書館ハ何処?」
 俺は呟く。
「図書館は、僕ですが…」


 
☆第一章 第三節 「図書館は僕ですが」

  [第三節のしばり:月の住人はミクロマン]

「図書館は、僕ですが…」
 その声が届いて、巨大なカラスの羽に埋まっていた私は、もそもそ背中に這い出した。
「あの中に図書館…?」
 上空から見下ろした校庭には、芥子粒ほどの小さな人たちがぱらぱら散らばっている
「どの人が図書館なの?でも確かに声はしたわ。これだけの中から捜すの?」
 私は沢山の小さい人達をどこから捜せばいいのか迷っていた。
「向こうの方から声がしたな。連れて行くよ」
 巨大カラスは言って校庭に近寄った。
 校庭の真ん中には、モンゴル力士が土俵ほどもある巨大な土鍋に浸かりながら、自らのダシでチャンコを作っているのが見えた。
 土鍋の上でホバリングするカラスの上で、突然、私は気がついた。
 そもそも私は誰なのか。さっきまで覚えていたのか。
 気持ちを落ち着けるために、一曲歌ってみることにした。
『カラスの背中はマイステージ,土鍋の湯気をスモークに、今日もゆくゆく連絡船、心を込めて歌うのは、忘れられないあなたのためよ。私の想いは時間(とき)を超え、九龍砦、崑崙までも飛んでいく♪』
 無意識に口ずさんだ歌詞に、私は妙な引っかかりを覚えた。
「カモノハシ」
 突然私の脳裏に、この言葉が降りてきた。
「カモノハシ、カモノハシ、カモノハシ、カモノハシ、カモノハシ カモノハシは崑崙ですか、そうですか」
 私は誰であったかア。崑崙奴(こんろんど)とは、アフリカ系黒人に対しての呼び名であったかア。サッチモはルイ・アームストロングであったかア。黒いカラスはなぜ泣くのかナア。白いカラスはマリアかナ。この話はスペースオペラかナ。それともアンチロマンかナ。お聖さんの落語かナ。
 土鍋の上を飛びながら私は歌う。すると突然3時の方向から
「こちらヒューストン。ミクロマンから伝言、応答せよ。黄桃が好きか、白桃が好きか。ブレンド具合はいかほどか、パーセンテージを黄桃、応答せよ」
 カラスの背から遥か遠くの下界をみると、たくさんの大きな桃とたくさんのミクロマン達が押合いへし合いの騒ぎになっていた。
 再び3時5分の方角から通信、
「ツートントン、こちらヒューストン、100%ピーチミクロマンジュース、美味しいよぉ」
 と、カラスがカァと鳴いた、泣いた。
 ポロポロと桃ジュース味の涙をふりまきながら。
 泣いているのはカラスか? 私か? はたまた鍋のなかのモンゴル力士か?
 そんなことより私だって味わいたいぞ、そのジュース。
 ふたたび地上に目を転じると、なんだアレ?
 はじめポツポツ、やがてニョキリニョキリと、雨後のタケノコのごとく空に向かって伸びてくるものがいくつも見える。
 目を凝らせばそれは、ミクロマンの上に肩車をしたミクロマンの上に肩車をした
「桃ネクター!!」
 と、まあ懐かしい、巨人軍のユニフォームを着た江川さん。
 そういえばさっきから、桃ジュースのことを考えながら、不二家桃ネクターのCMが浮かんでいたっけ。
 私の頭に浮かんだものが、地面から生えてくるのか?
 連立するミクロマンタワー(と江川さん)はやがて旋回する私たちに届きそうな勢いである。
「ももももももももジュースのむ?オロナミンCも良いけど、ももジュースおいしいね。ほしくない?」
「のむぅぅぅ〜」
 私がジュースを受け取ろうと手を伸ばすと、無数のミクロマン(と江川さん)の手をかすり、カラスの背から地上へまっさかさまに落ちてデザイア、頭からコンダラめがけて一直線である。
 と、そこには、箒を人参に持ち替えた野球部キャプテン机山。
 華麗なスイングはカコーンと私の頭を打ち抜く。

 軽い脳震盪の中、振り返ると、机山の口元は緩み、まごうかたなきアルカイックスマイルを浮かべている。続いてコンダラの影から現れた野球部員一同も妖しく微笑む。
「お、お前らは…」
「そう、私たちはミロクマン」
「そ、それ、縛りとちゃうんちゃうか?」
「いや、ミクロマンにして弥勒マンということで縛りの件は問題なし。我々はミロクマン、57億年の未来から時の流れを超えてやってきた。流星号応答せよ流星号、来たな、よぉ〜し行こう!」
 …しばしの沈黙。
「何も来ないようだが…」
「おかしいな。流星号、おいっ、流星号!」
「ふふふふふふふふふふ」
 不気味な笑いに振り返れば、そこにはサード指下の姿が。
「ゆ、指下、お前」
「俺はミクマン。流星号を返してほしければ、の中に正しい文字を入れろ。ルじゃないぞ。言っとくけど」
「なにぃ?えーと、それでは。ミカクマン。」
「ぶー。」
「ミンクマン。」
「ぶー。」
「えー?えーと、ミワクマンだ!」
「ぶっぶー。」
「えぇ〜?じゃ、ミミズクマン…か?あれ、なんだ?なんかまわりが速いんだけど!猛スピードなんですけど?どんどん加速してるけど〜〜!!」
 向かい合う彼らを放って、びゅんびゅん景色が飛んで行く。
「早く!おいっ、流星号〜〜!どこ行くの、俺ら〜!!」


 
☆第一章 第四節 「船長の思い出話」

  [第四節のしばり:月から帰りそびれて39年間さまようアームストロング船長の月面思い出話]

「グングン、びゅんびゅん…加速していくコノ感じ、なんとも懐かしいネ」
 アームストロング船長はうっとりと目を細めた。
 そして周囲の大混乱をよそに、こんな思い出話を問わず語りに聞かせてくれたのだった。
――そう、アレはSHIPにおいてきぼりにされたショックだんだん薄まってきて、元気でてきた頃のコトでしたネ。
 ある日のこと、チョット思いついてピクニックに出てズンズン歩いていくと大きなカモノハシが道のまんなかにうずくまっていマシタ。
「どうかしマシタか、お嬢サン」
 ワタシがそう声をかけマスと、カモノハシは苦しそうに顔を上げ、濡れたまつげをフルフルと震わせながら答えマシタ。
「お嬢サンじゃネーヨこのすっとこどっこいのノータリンの毛唐の死に損ないガァ」
「コレハ大変失礼のことシタネお兄サン。何かお困りのことありマスカ」
「あ〜る〜に〜決まってんだろがこのアンポンタン。持病の癪だよ持病の癪。すみませんが近くの宿までつれて行ってもらえませんかねえ、おにいさん」
 とトツゼンおねえ言葉になるカモノハシでありマシタ。
 ふと周りを眺めると遥か月平線の近くに朧に霞む曖昧宿が見えマシタ。
 カモノハシといえば性別や種を超えた博愛が有名でありマシタ。
 曖昧宿にいくと私もカモノハシの膝枕で優しい時間を過ごしたもの…、おっと、コレはここだけの話にしといてネ、昔のことダカラネ。
 今じゃあ流した涙も宇宙に浮かぶ星屑のひとつとなったヨ。
「ちょいとおにぃさん、何ぼんやりしてんだい。あたしゃさっきから右の脇腹がしくしく痛んでんで仕方ないってぇのに」
 カモノハシが涙目になって訴えた。
「…それじゃあカモノハシさん、久しぶりにワタシと月平線の朧向こうの…想い出の曖昧宿でちょっと休んでいきマスカ?」
「えっ…」
 とマアそーいうわけでカモノハシと仲良くしたデスヨ。
 伴侶というカね、人類じゃないのが玉に瑕ヨ。
 しかもカモノハシは科学に疎いから、この月面というものが、それはもうびっくらくらな非科学的世界になっちゃってー。
 そういう私の教養のNASAに驚いたのが、ほら、あの図書監デスヨ、カモノハシの親戚の。
「あんた学問なさすぎ。図書館に来て勉強しなさい」
 と言われてネ。
 ところが図書館と思って行ったら・・これが図書館(ヤカタ)さんの家でね。
 ご存知の通りにわりかし美人。ワタクシ、モンゴル力士くんと同じで一目惚れデスヨ。
 しかしご存知ですか?
 ヤカタさんはかぐや姫の子孫だそうで。愛の告白に一族のルールだとかでカモノハシのカワゴロモを要求されましてね。
 ある日曖昧宿で寝入ったカモノハシにナイフ片手に近づいて…。
 いやぁ、そりゃ緊張しましたよ。部屋にワタクシの心臓の鼓動が響いているようでね。
 そしたらカモノハシが
「なぁに?」
 と、いきなりむっくり起き上がりましてね。
 いや、驚いたのなんのって。だってたった今まで、ぷうぷう寝ていたんですよ。
 ワタクシ、思わずナイフを引っ込めちゃいましたよ。
「やあ。わんばんこ。何でもナイフ」
 うまく誤魔化して次の機会を待とうかと思ったその時ですよ。
 自分の後頭部に稲妻が光ったとよ。
 いやそんな気がするほどの衝撃でくずおれたです。
 クラクラしながら背後の黒い影の主を見たんだけどね、それは月の石を両手に抱えた初老の男。月の石ったって巧妙に作ったハリボテだけど、そいつでワタクシを襲ったんだ。
 それが誰かってのはピンと来ましたよ、邱武力(キュー・プリク)監督だったアルネ。映画のロケで月面に来たらしいネ。
 奴もカワゴロモ狙っていたアルヨ。
 石の次に、こんどはハリボテのモノリスに持ち替えて、カモノハシめがけて突進したんだヨ。
 カモノハシは持病の癪をこらえながら、ゆっくりとまた、曖昧宿の方へ歩き出した。
 しかし、いくら歩いても宿は近くにならなかった。曖昧宿は、カモノハシにしか見えない幻覚だったのだ。
 船長は黙ってカモノハシの後を、ついていった。
「もう少しで曖昧宿に着くからな。てやんでぇべらんめぇ!!」
 カモノハシはそう言うと突然うずくまった。
 どうやら持病の癪らしい。
「すまねぇが、これが治まるまで運んでくれないか?あぁ後ろの蹴り爪には気ぃつけてな」
 船長はカモノハシをマイバッグに入れて持ち歩き出した。
 朧に霞む蜃気楼の向こうから、ふわふわ近づいてくる人物が見えた。
「アチキは野石竹、竹取の翁の子孫でヤンス。かぐや姫様の子孫を探しにソユーズに乗ってようやく月にたどり着いたところでヤンスよ。」
 邱武力監督が送り込んだ新たな刺客に違いない、と船長はポケットからマイ箸を取り出すと、八双の構えを取った。
 ジャキーン!
 刹那、野石竹はいんちき翁風に丸めた背中をまっすぐ伸ばし、ふわりと跳びすさった。
 いつの間にか竹馬に乗っている。
 あ、転んだ。
 あまりうまくないようだ。
 月面に倒れ誰かの名を呼び続ける野石竹を、船長は箸でひょいとつまんで鞄に入れる。
 ちと重いかな。デモわたしのアームはストロングね。
 船長は軽くうなずき、竹馬をぐいん、と大きくバックスイング。
 ゲッ、ツゥ、メーン!
 インパクトの瞬間、スパークする五色の火花。
 瑞雲をたなびかせ、ゆるやかな弧を描きながら、マイバッグはみるみる遠ざかっていった。


 
☆第一章 第五節 「月面(つきも)で跳ねる」

  [第五節のしばり:邱武力(キュー・プリク)監督作品「月面(つきも)で跳ねる」の撮影風景]

 その日、邱武力一行はアポロ256号で月に到着した。
 映画「月面(つきも)で跳ねる(仮称)」の撮影のためだ。
 アポロと言っても昔ながらのロケットじゃない。21世紀初頭には携帯電話で世界に名を馳せていた、フィンランドNOKIA社が運行する、地球・月面間運輸シャトルである。いまやNOKIAは宇宙運輸業界のナンバーワン企業なのである。
 「月面(つきも)で跳ねる(仮称)」のスポンサーはNOKIAとポロロッカ。映画の舞台は月面中学付属月面(つきも)高校。
 今日の撮影は、卒業式の日、吹奏楽部の女の子(ヤカタ)に、野球部の同級生(モンゴル力士)が愛のツッパリを決めようとするが、年寄り数学教師(モノリス)にうっちゃられて、1万段の階段落ちして猿になるというクライマックスシーンだ。
「ドスコイ〜、第二ボタンをギブミーチョコレート」
 上は学生服、下はマワシで張り切るモンゴル力士。
 いよいよ、邱武力監督の声がかかる
「ヨ〜イ…アクション!」
「ヤカタさ〜ん!」
 はぁはぁと両足飛びでジャンプしてくるモンゴル力士。
 跳ねる度につま先が揃って伸びているのが妙にバレリーナ風だ。マワシの上の学生服は若干短ラン気味で、汗ばむ腹をチラ見せ、裏地の刺繍は龍と虎がにっこり握手している。
「カ〜ット!」
 叫ぶ邱武力(キュー・プリク)監督は、連日の撮影の疲れも見せず、満足げだ。メガホンを片手に立ち上がると、
「ヤカタ君、校庭のシーンなんだがね」
 と早速次の指導に向かう。
 と突然、メリベリっという大音声が響き、背後にそそり立つ山の中腹が裂けた。
 山の腹からこぼれ出す内臓…をよく見てみれば、それは、真っ赤な顔をして足下も不如意なアームストロング船長である。
「白乾児飲み過ぎたアルネ」
 と、校庭の中央、月面にあって今日も盛大に旗めく校旗に
「こんにちは、お元気ですか、そして今でも愛してると言ってくださいますか」
 邱武力監督ハタと膝を打ち
「あの役者は誰だ。主役交代。あいつを撮れ、今すぐ撮れ」
アームストロング「教えてあなた、愛するって耐えることコト小鳥はとっても歌が好き」
邱武力「撮れ、どんどん撮れ」
アームストロング「神戸泣いてどうなるのか、捨てられたわが身っつ、わっわっわーわが身っつ」
邱武力「どんどん逝け」
アームストロング「わが身世にふる眺めせしまに」
邱武力「はい、次は?」
 突然邱武力の背後から
「月みれば千々に物こそ悲しけれ我が身ひとつの秋にはあらねど」
 邱武力が振り返ると、憂いの表情で地面を眺める男がひとり。その男を眺め
「主役交代、オルドリン、あいつを撮れ」
 オルドリン応えて
「我ひとり月に向かふと思ひけりこよひの月を誰か見るらん」
 憂いの男はらりと長髪を掻き上げ
「われこそは月に吠えたる犬なれば心は天に横たわる骨」
 この男は日本最大の詩人萩原朔太郎であった。邱武力そうとは知らねど
「はい次。コリンズいるか」
 築き上げられたウォッカの空き瓶の山から酔っぱらいのコリンズが出てきて
「跳ねるんだ月は丸いぞ地球も丸い赤いカードで借金の山」
 と窮状を訴える。
「おまえ寝てろ」
 邱武力は素っ気ない。
「誰かカメラの前のモノリスをなんとかしてくれ。」
 ここまで回したフィルムはどうやら漆黒の映像ばかりなり。
 嗚呼無情。
「コーヒーを持ってきてくれ。」
 邱武力叫ぶ。
 すかさずコーヒーを手に現れたるはヒロインの座を虎視眈々と狙う図書館(ヤカタ)。
 そんな思惑とは裏腹に、熱々のコーヒーを一口すするや否や、猫舌の邱武力はそれを月面にぶちまける。
 そのとき月面に降り注いでいた日光が、頭上の地球の影に隠れ、辺りは闇。これが惑星直列の瞬間である。
 天気待ちで知られる邱武力はメガホンを月面に叩きつけ
「天気予報ーっ!」
 と叫んだ。
 すると傍らにまたもや図書館(ヤカタ)が現れた。
 こんなこともあろうかと気象予報士の勉強をしていたのよ。
 ヤカタの顔に不敵な笑みが浮かぶ。アルカイックスマイルだ。
 その刹那、ダイヤモンドリングの輝きがヤカタにスポットライトを当てた。邱武力の目に、まばゆい光の中に颯爽と立つヤカタの姿が映る。
「せ、千の仮面を持つ少女…!」
 邱武力は少女漫画好きで影響を受けやすいキャラであった。
 すっかり月影先生な気持ちになっていそいそと黒のロングドレスにお色直しをしている間に、半眼でアヤシくほほえ むヤカタはレーザーポインタで天気図のそこかしこをジュッ、ジュワワワッと焼きながら解説を始めた。
「静かの海は波高し、くもり時々ポロロッカ。寒さの海はオロオロ歩き、神酒(みき)の海を泳げばへべれけ。それでは皆さん、また来週ぅ〜」
 こうなると朔太郎もオルドリンも負けてはおられず丁々発止と、いま月面にメラメラと燃えさかる詩歌合戦の熱き炎!
「カ〜ットォ!」
 邱武力監督の声が、月面に響きわたった。
 ような気がした。
「よし、今日の撮影はここまで。ヤカタちゃん、相変わらずいい表情だね。萩原ちゃんもいい詩声(うたごえ)だった。バズちゃんの低音にもシビレタよ〜」
「オレも監督人生長いけどさぁ、アレだね、ほれ、今流行りのリレー小説ってやつ?それが原作の映画撮るなんて、若い頃は思わなかったな〜。」
「ねぇねぇヤカタちゃあぁん、飲みに行かないぃぃ?」
 しかし、ここは月面である。
 監督の誘いの声はヤカタには届かず、ヤカタは月面ホテルに引き上げてしまった。


 
☆第一章 第六節 「流星号少年」

  [第六節のしばり:月から遠ざかり続ける]

「ということはさ、結局船長の出番はあんまりなかったって事?」
 長く終わりのない螺旋階段のような船長のひとり語りの後、机山は言った。
「そうなのデス。しかも白乾児で頭クラクラ、あまり覚えていないアルヨ。」
「で伴侶のカモノハシとはその後・・」
「そんなことより机山、我々はどこへ行こうとしているんだ?」
 指下は定員オーバー気味の流星号の中でなんとか体勢を整えながら、遠ざかってゆく月面を眺めていた。私たちは加速する気流に飲み込まれ、すんでのところで流星号にしがみついたのだ。
「指下さん、あなたがミ何クマンであるにしろ、流星号を返してくれてよかった。それに私はだんだん思い出してきたんです。私はどこかへ行こうとしていた。とても重要なことだった。そして、私の名は、名は、ナハ」
 …何てことだ。自分の名前が思い出せないなんて。
「せんだみつをかよ?」
 机山が私の頭を小突いた。
「名はズショ、だろ。それに何だよ、私とか言っちゃってさ。いつも女だてらに『俺』って言ってるじゃねぇか」
 あぁそうだ、名前はズショ カンだ。
 え、でも。
「女、だっけ?」
「ふざけてんのか?」
 指下が私の頬をつつく。
「お前は俺という許嫁がありながら、記憶喪失のフリして振ろうっていうコンタンかよ」
 って、なんだか怒っている指下だけれど、私、こいつの許嫁になった覚えなんかないよ。記憶喪失だろうとなかろうと、もう
「てめえら」
 私も怒った。
「俺の記憶喪失をいいことに、あることねえこと好き勝手に並べ立てやがって、てめえらみたいな薄馬鹿野郎に用はねえんだ、こちとらぁ」
 腕を組んで思いっきりふんぞり返ったら遠ざかっていく月 が、流星号の窓から見えた。
「ほっておけばいいじゃないか。」
 そうよね。あんな奴勝手に怒らせておけばいいわ。
 珍しく船長の言葉にうなずく私。
 たまには、まともな事も言うのね。船長。そんな事より、図書館はどっちかしら。あの光ってるのは、暴走してる旧式のコンピュータね。
 あ、画面に
「Abort? Retry? Ignore?」
 って出てる。
 私、このプロンプトに見覚えある…。
 そうだ、私が月面中学で級長やってた頃に使ってたコンピュータの画面じゃないかしら。あの頃は、自分の心の奥底のもやもやの正体が、まだ自分でもわかってなかったのよね。学校の図書館で、三島の「仮面の告白」

 ピキ〜ン!
 突然コンピュータの画面が凶悪な閃光を放ち、私の思考はぶった切られた。
「な、何!?」
 激しく点滅する画面から、何かもやもやしたものがわき出して、それが大きく広がって行く。
「煙!? 火事!?」
「火事デハナイ」
 煙が言った。人間ばなれした変な声。
「私を忘レタノカ。お前達ト一緒に月に来テ、そのママ置いテケぼり忘れラレタ三次元3D立体とびだすホログラフィックマップ、そのナレノ果ての姿サ。こんナニぼろぼろになっちっち」。
 突然の守屋浩風の口調に私もテンテケテンと鳴っちっち。
「でさ、ホロちゃん、ホロちゃんと呼ばせてもらうよ、でナニ出来るだっけ」。
ホロちゃん「メニューを表示します。1枝豆、2うどん、3焼き鳥、4麒麟、5ヱビス、6サッポロ、7美術室、8火炎放射器、9恋占い」。
「じゃ3と5」
 出て来たのは焼き鳥缶詰と琥珀ヱビス。
「おい、缶切りないぞ」
 私はぐっとビールをあおると
「んじゃ7と8と9をそれぞれ脂コッテリ・大辛・ミディアムレアで頼むわ」
 など追加注文し、丹田に力をこめて“ズショーっ!”と息吹くとともに手刀を下ろし、缶詰を真っ二つにする。
 焼き鳥を包むゼラチンが揺れている。ぶらんぶらん。
「相変わらず見事やな、カンちゃん」
 と机山が半ば呆れ顔で褒めてくれる。
 と、目の前を赤青黄の光彩が交錯した。
「どしたい?ホロちゃん」
「お、お、大辛は、な、無いっち、火炎放射器に大辛は危険!」
「…大辛、大辛からからから〜いoh辛い」
 遠ざかる月の匂い惜しみつつ、目を細めて外を眺めるアームストロング船長は、続いて小さく呟く。
「炎と霧の大辛デスか、その辛みは遠い月にも刺さりマスか?流星号少年、応答願いマス…」
 不意に窓の外が、ぱっと明るく輝いた。
 じきに暗闇が戻ってみると、ほら月がまた一段と遠い。
 もはやかすかなその匂いに、まつわりつくおぼろ昆布のように細くほそく伸びていく記憶の糸をまさぐりながら私は尋ねる。
「さっきの光は?」
「…どんと鳴った花火がきれいデスか?シダレ柳は広がりマスか?流星号の燃料タンクはからっぽデスか?」
 船長は、引き続き要領を得ない割に物騒なことを言って私を怯えさせた。
「私たちは行くのデス、デスを潜り抜けるのデス。デスドライブ作動するのデス」
 今度は床からにゅわにゅわにゅわあと薄気味悪い振動が伝わってきた。
「タンクからっぽこわくなーいデス、こわくなーいデス、デスにちょいとはいりゃ西東、デスら―だって真っ青のお、14万光年ひとっ飛びデス。。時を戻せば、時を戻せば、デスマーチだってへっちゃらデス。デススターは丸いデス。トルーパーは白いデス。デスコでフェーバーお〜マンマミーア。」
 机山と指下も肩を組みコサックダンスを踊る。
 その時、眼前に白く発光する空間の裂け目が現れた。制御不能のコンピュータの、点滅するモニタはこう読めた。
「時空の裂け目を発見。タキオンパルス照射。」
 私は突如フラッシュバックに見舞われた。
 時空に歪みが生じ、時間の感覚が曖昧になっているのか。
 あの日私が、大切なものを置き去りにして来た場所が目に浮かんだ。とてもはっきりと。そこは・・・
「バーニアエンジン始動!!」
 なんとか軌道を修正しようとする机山の奮闘空しく、流星号は時空の裂け目へと吸い込まれて行った。



 
☆第一章 第七節 「見よ、あれが銀河の灯だ」

  [第七節のしばり:常に銀河系が見えている、色々な宇宙人が入れ替わり出る]

 時空の裂け目に投げ込まれた私はその衝撃で意識を失った。
 気がつくと、窓から銀河が見える。いったいどこまで飛ばされたのか?
 不安を覚えつつも、銀河の美しさに見入ってしまった。漆黒の闇の中で浮かび上がる銀河は、あたかも放浪する船乗りへ助けをもたらす灯台のようだ。
 私はぺたぺたという音に我にかえって後ろを振り向き、そこにいるものを見て目を疑った。
 巨大ななまこに似た何かが床を這いずり、触手を伸ばして指下をつついているではないか。
 なんじゃこりゃ。
「大宇宙なまこデス」
 背後からアームストロング船長が指摘した。
 振り返ると、どこに隠していたのか、戦闘用宇宙服を着て、むやみに手足の多い小動物を手にしている。
「大宇宙なまこノ天敵、オニヒトデナシよ、カカレ」
 船長が放り投げると、そのオニヒトデのような小動物は「大歓迎大歓迎」と叫びながら巨大なまこをむさぼり食っていく。
「船長、ァ〜ァァ〜大変です、むにむに食べてますよ!」
 オニヒトデナシは物凄い勢いで食う。食う食う。
「オニヒトデナシさま。朝夕は肌寒さを覚えますこの頃でございますが、おすこやかにお過ごしの事と存じあげます。」
 と、その足元にまとわりつくように螺旋状にのぼってくるのは串だんごむし。
「わたくし、串がちと邪魔ではありますが、新体操も得意でしてよ。」
 と、いきなりでんぐり返して体を丸める。その姿はまさに木琴のばちそのもの。思わず手に取る私の前に突如、マリリンバが色っぽく身を横たえる。
「さあ、ぽくぽく叩いちゃって。遠慮はご無用よ〜ん。」
 おそるおそる鳴らしてみると、案外いい響きっぷりである。
 すっかり気をよくしてチコチコの演奏に没頭している間に、船長は罵倒星雲系のコンニャロとアンニャロとブチカマシタルワイを手際よく袋に詰めてポンと蹴る。
 ニャンと鳴く。
 ニャンがニャンと鳴くリズムが私のチコチコと絡み合う。
 ヘコヘコ、アゴゴと化したマリンバはいい具合のビートを刻む。
 その音につられて、窓の外に広がる銀河系には巨大なサンバ・ジ・ホーダが作られた。56億7千万年に一回の銀河サンバカーニバルだ。
 弥勒菩薩を先頭に、ブラジル系宇宙人が銀河系の回りを踊り狂う。
 踊る、踊る、まだまだ踊る。踊り狂って、その熱気に銀河系が炎上し始めた。
 あまりの騒ぎに目を覚ました指下が叫んだ、
「見よ、あれが銀河の火だ」
 見ると、銀河三大祭りのひとつ「オロチョンの血祭り」が開催されようとしていた。
 広大な銀河系に放たれた宇宙牛が見える!
 炎をあげる銀河系へと牛たちを追い立てる最高にエキサイティングな祭りであるが、毎回多数のチャンバが犠牲となる非常に危険な催しなのだ。
 牛たちはステーキ肉を片手に「美味しいよ!」と愛嬌を振りまき、一方それを追い立てチャンバも走る。
「それにつけても俺たちゃ何なの?ビーフひとつにキリキリ舞いさ。」
 私のチコチコも絶好調で祭を盛り上げてる。自ら赤い布を振りながら、宇宙牛を呼び寄せようとする勇敢なチャンバもいる。
「焼肉になるまで待ってられない!何頭でも生で食い尽くしてみせるさ!」
「おおーっ!」
 踊る串だんごむし。だんごがタンゴ。
 タララッタ・タッタ・タッタ・タッタ・タッ・タッ・タン!
 なんと華麗なステップ。
「よく、もつれねーよなぁー」
 感嘆の声をあげる指下。
 すると『だんごタンゴステップ』をふみながら、弥勒菩薩が私に近づいてきた。もちろんアルカイックスマイルだ。
「僕のココロを悩ませる、ハイッ」
 え?どうやら続きを促されたらしい。
「ハイッ」
 でも、
「ハイッ」
「ハイッ」
「ハイッハイッ、ハイになりましょー!ハイブロウな廃人ステップなら私どもハイミナール星人におまかせアレ〜」
 …ゴキゲンにラリった野郎が乱入、弥勒にタップをかます。
 タララッタ・ッタ・ッタ・ッタ・タッタタン!
 すると
「呼ばれて飛び出すチャンチャリンコ」
 …どてっどてっと鈍重そうなステップで四角くでかい顔が現れる。
 指下は
「あ〜あ、またずいぶん安易な奴が来ちまったな。どうせタタミ星人とかぬかすんだろう、このスットコドッコイっ」
 と毒づく。
「ご名答ぅ。わちきはイグサ座からやってきたタタミ星人でありんす」
 とタタミ星人の挨拶が終わるかおわらないかのうちに、今度はペラッペラの薄くて少し透けてる四角いヤツが、海の芳香を漂わせながら現れた。
「我こそは、カタクチイワシ座の畳鰯星からやってきた、ひよこまめ星人でしゅよ!」
「えっ、畳鰯星人じゃないの?」
「畳鰯星から来たかりゃって、畳鰯星人と決めつけにゃいでくだしゃいね!」
「す、すみません。でもルックスも畳鰯っぽい…」
「おだまりなしゃい!ごらん、右の窓の外を。音もなく静かに遠ざかってゆく、あれが銀河系。ごらん、左の窓の外を。音もなく静かに近づいてくる、あれがひよこまめ。ごら…」
「ひよこまめ?宇宙空間に?」
「うるしゃいでしゅっ!ごらん、後ろの窓の外を…そこの人、なみゃこをかじらにゃい!わたしたちは皆さんをひよこまめにごしょうたいしにきたのでしゅからね!はい、みんなせいれーつ!ひよこまめにいらっしゃい!!」
 漆黒の空間にぽつんと浮かんでいるひよこまめは、近づくにつれてその大きさが露わになってきた。
 周辺を雲霞のように宇宙船が飛び交っているのが見える。
 流星号はその間をくぐりぬけ、ひよこまめのてっぺんに引き寄せられていった。
 流星号が100隻も同時に飲み込めるような開口部から中にはいりこみ、ドッキングの軽いショックと共に流星号のエンジン停止したのを感じた。
「ひよこまめによーこそ!!」


 
☆第一章 第八節 「地球をさがして〜銀河鉄道XYZ〜」

  [第八節のしばり:鉄道は一年に一本しかこない事を私は知らない]

 暗黒の世界にも、もう飽きてきた。
 なんだか地球が懐かしい。置いてきた犬のペロは元気だろうか。
 そんな感傷に浸っていたら、何か細長いコンクリートの板が二つが浮かんでいるのを見つけた。
 近寄ってみると何か文字が書いてある。
 一つには地球方面 、もう一つには冥王星方面と書いてある。
 これはきっと駅だ。
 待っていたら何かくるかもしれない。私は待つ事にした。
 しばらくすれば銀河鉄道が到着するだろう。食堂車はあるだろうか、あたたかい紅茶やホットミルク。お腹も空いてきたし、あぁ早く戻りたい。みんなに会いたい。
 戻ってみたら浦島太郎みたくなっていたりして…なんてことはないよね?
 んなことになってたら、あの亀の野郎は土鍋に放り込んでトロリトロリと煮込むこと一週間、ス・ステキナ・ス・スープ、肉も魚もいるものか!
 ペロや愛馬のポロ、インコのピロと一緒に美味しくいただいてあげるわ。
 それにしても、本当に地球行きの汽車は、冥王星からやってくるのかしら?
 貴社の記者が汽車で帰社した、みたいなオチじゃないわよね。ドッテンカイメイと呼ばれたのも第九惑星と呼ばれたのも、今は昔の冥王星。
 それにしてもお腹がすいたわね。
 ちょうどその時アナウンス、「なべ〜、なべ〜、一番線に四両編成鍋列車が入線します」、がちゃこーん、蒸気機関車が鍋を沸かす最新式だわ。
 一号鍋はちゃんこ鍋、あら、出汁はモンゴル力士さんだわ、ちょっと味見をば。まぁ、いいお出汁が出ているわ。
 二号鍋は何かしら、鴨鍋ね。出汁はカモノハシさんだわ。カモノハシさんは鴨じゃないわよねえ。
 三号鍋は流星号鍋??、あの出汁には見覚えがあるかいっくスマイルは弥勒菩薩だよね。あれ、なんだか思考が飛んだ気がする。…そうだ、流星号鍋か。出汁はアームストロング船長に指下、机山。3人とも出汁に肩までつかって気持ちよさそうにしている。特に船長はご機嫌な様子だ。
 そして四号鍋は、…ペロポロピロ鍋!三びきがみっちり煮たっている。ペロもピロもポロも、みんな久しぶりに会えたと思ったら、まさか出汁になっていたなんて。
 …ふと、一瞬の静寂。
 一号鍋から四号鍋の出汁達全員が、私を見ていた。真剣な眼差しだ。
 そして一斉に叫んだ。
「さぁ、どの鍋に入る?!」
「えっ、えーー。やだよォ、あたし、みんなの前で男の人と一緒にお風呂なんか入れないっ」
 私は、自分の耳が真っ赤になるのがわかった。
「なーにブリッ子こいてるんだよ。早く入れよ。俺たちみたいに、ちゃんと出汁巻き付ければいいじゃんか」
 といいながら立ち上がった指下は、なんと巨大な出汁巻き玉子に体を包まれたまま、出し汁に浸かっていたのだ。
「えっ、で、でもでもでも…。どの鍋もいい出汁でてるしぃ。ほら鴨鍋なんかそろそろ良い頃合みたい。下仁田ネギが凄くよく合いそう。」
 と言いながらそそくさとおたまで灰汁を取り、皿に取り分けたものを指下に差し出す。
「ささ、どうぞ。」
 その押しの強さについつい指下も皿を受け取り、自分が鍋に浸かっていることも忘れ一言、
「あ〜、あったまる〜!やっぱ鍋はいいねえ。」
「ワタシニモクダサイ。」
 とのアームストロングのリクエストを合図に、ペロ、ポロ、ピロも加わって僕にも私にもの大合唱。
 私も忙しく立ち働いて、猫の手も借りたいわ。
「えー、猫の手、猫の手いかがですか」
 駅弁売りがやってきた。なんて気が利く奴なんだろう。
「馬の首は売り切れだ。猫の手いかがですか」
 ダブルのロングコートの襟を立て、帽子の下で目が光っている。
「じゃあ猫の手を貸してください」
 思わず頼んでしまったが
「お客さん、こちらも商売ですんでオアシを貰わないと差し上げられません」
 と言われ、ちょうど外れていたポロの足を引き替えに渡そうとした。
「おきゃくさん、これじゃだめだよー。オアシがないなら、帰った帰った」
「借りるだけなんだから、これでなんとか、鉄道のお客じゃないですかア」
「じゃあちょっと切符見せてください」
 ポケットをあさってみるが、もちろん何もでてこない。
「お客さん、キセルじゃないのお?、駅員さーん、キセルの客だよキセルの客」
「なんですと」
 呼ばれて飛び出た駅員さん。
「キセルとはけしからんですな。ちょっとそこまで来てもらおうかなフフフ」
「来てってどこへ?話ならここでいいじゃない」
 抵抗する私。
「いやちょっとそこまでだから。ちょっとそこまでだからねフフフ」
 駅員の意外なほどたくましい腕が私を捕まえて離さない。
「いや…アッ…」
「フフフ…」
「助けて…ペロ…」
 たちまちペロがやってきた。
 四号鍋の出汁をぽたぽたしたたらせながら、馬のポロの背にペロが乗り、その頭にはインコのピロがしがみついている。
 駅員はインコの尾羽をついと指でなでて出汁の味をみた。
「まあまあ、よく炊けてるじゃないかウフフ。それでこいつらはナニかい、ブレーメンの音楽隊かなにかかかかか」
 様子がおかしい。
 見ると駅員の尻をものすごい勢いでインコがつついている。
 駅員が振り返ると、ピロはどこかへ飛んでいき、小さい紙をくわえて戻ってきた。
「なんだ、切符あるなら始めからだしなさい」
 駅員はピロの渡した紙にパンチを入れ、私達に言った。
「かなり発車時間が過ぎてしまった。早く乗って下さい。発車します。」
 私達は慌てて列車に戻る。

「出発進行!」

 四両編成鍋列車は銀河系のかなた地球へ向かって発車した。
 私は地球へ帰れる嬉しさでいっぱいだった。
 地球まで何年かかるかもわからないのに。



 
☆第一章 第九節 「私は帰る きっと帰る」

  [第九節のしばり:ひよこまめ達との思い出エピソードを入れる]

 どん底まで墜ちたら後は這い上がるだけだと、最初に言いはじめたのは一体誰なのだろうか。
 時空の裂目に飛ばされていたのであれば、後は帰るだけ。
 そう思えばいいだけなのだ。
「たまむすび、しておいたでしゅからね」。
 ふと、ひよこまめ達の手際の良さを思い出す。
 彼ら(彼女ら?)が、繕い物が得意だったのも不幸中の幸いだった。時空の裂目をちくちくと縫いあわせてもらったからこそ、我らが四両編成鍋列車は本来の正しい軌道にのることが出来たのだ。私達は順調に地球へと向かっているはずだ。
 有難う。ひよこまめ星人達。地球へ戻っても君達の事は忘れないよ。
 四両編成鍋列車は湯気をあげて銀河系を走った。
 出汁も煮詰まり、皆がのぼせてきたころ、静かに隅の老人が語り始めた。
「それで、アンタたちはあのひよこまめ鍋殺人事件の犯人は誰だと思うんだね」、
 老人は腰に手をあてて鍋上がりの牛乳をぐっと飲みほすと尋ねた。
 え、ワタシワカンナーイなんて小声のぶりっ子台詞は無視され、アームストロング船長がデロデロになった出汁巻き玉子で股間を押さえつつ立ち上がって叫んだ。
「犯人はこの鍋にいる!あっ、オネーサン、白乾児おかわりアルネ」
 と言い終わらないうちに、アームはストロングでも酔っぱらって足下不如意なアームストロング船長は、鍋の出汁にくずおれる。
 指下と机山は、船長が溺れないように両脇を支えながら、顔を見合わせて口々に
「邱武力監督の映画は、前からよくわかんねーんだよな」
「2038年宇宙の旅、なんて、1月19日3時14分にいきなり宇宙船のコンピュータが暴走し始めて終わるっちゅーオチだったし」
「催眠レインコート、を歌いながら家捜しするのって、ゼンマイ仕掛けの蜜柑、だっけ?」
 などとラチもないことを言い合うばかり。
 イラッとした隅の老人は突如立ち上がり、われがねのような大音声で呼ばわった。
「リメンバー、ひよこまめぇ〜〜っっっ」
 次の瞬間、鍋一面が闇に閉ざされた。
 や、闇鍋???
 たじろぐ私の左手でポッとロウソクがともる。
 揺れる灯で顔までは見えない誰かが
「一人ずつ話しましょう。犯人の心当たりを」
 とひっそり囁き、ロウソクを隣に回す。
 ロウソクを手渡されたのは、思い出のヒヨコマメ星人であった。
 静かに目を伏せ、何か大きな悲しみを胸の中で押し潰すように、思い出のヒヨコマメ星人は低い声で語り始めた。
「しょれでは…」
 息とともに炎が揺らぐ。
「できるなら言いたくにゃかったけれど…」
 深い、ため息。
「実は私は、心当たりどこりょか、キャンペキに知っているにょです。ひよこまめ鍋を殺した真にょ犯人を…」
 私達は息をのみ、声もなくヒヨコマメ星人のつるっとした顔を見つめていた。
 するとアームストロング船長が、いきなり
「そにょ犯人が」
 と叫び、それから小声で
「いやアノネ、そのヒト、この鍋にいるアルカ?」
 と尋ねた。
「そ、そりぇを言えば私は…」
 思い出のヒヨコマメ星人は、ぶるぶる震えた。
「私は間違いなくコロされましゅ」
「わかんねえ」
 指下が机山にささやく。
「犯人て映画の?思い出の?それとも、この闇鍋のまずさの?」
「そもそもあいつらいったい何話しているのかねえ」
 ヒヨコマメ星人は震えながら噺を続けた。
「もうナン世代前になるでショウか。ヒヨコマメ星人はヒヨコマメ星で栄華を極めていたのでシュ。でもあるとき闇の王と称する者がシュツゲンし、時空の裂け目を使ってヒヨコマメ星人を畳鰯星へ追いやったのでシュ。時空の裂け目は、闇の王の手下の闇の鍋によって支配されていたのでシュ。」
「闇の王、すなわちダークロードね。そいつがやってきたいきさつは想像がつくな。昔ハワードというアヒルが地球にやってきたとき・・」
「そんな葉巻と人間の女に目がないアヒルのことなんかドーデもよいのでシュ。そうして闇の鍋は闇の王の命令に従っていろんなものを闇へと葬ってきたのでシュ。」
「いろんなもの?」
「例えば闇の王の逆鱗に触れてしまった闇の金、すなわちダークマネーは鯖酢星へ」
「サバスかぁ!いいよねぇオズボーン最高!」
「・・・・・アイオミ青くでしゅ!山田太一、最高にょ!しょんなことより、問題はひよこまめ星人は鍋の中の蛙だった、ってことでしゅ」
「ゲコ?ゲコゲコ?」
「上から読んでもひよこまめ下から読んでもめまこよひ…で知られた呑気なひよこまめ星人は、長く続く黒い安息の中に暮らしていまひた。そこへドンブラコドンブラコと時空の上流から桃が流れてきたんでひゅよ。桃!信じられましゅか!」
「いやまぁ、蛙は桃は食わんと言うではにゃーか」
「蛙は桃を食うんでしゅよ。いますこし前に決まったようなそうでないような…ひよこまめ星人は桃にかぷかぷ食らいつくなり、最高にょ!と叫ぶんでしゅよ」
「最高にょ!じゃにゃーずら」
「??。ずら???(にゃーずらでしゅか…もしかしてこれが昔聞いたズラ星人でしゅか…?ズラ星人ならひよこまめの生え際がアヤシいはずでしゅ…ん??確かにアヤシいようなそうでないような…)いやいや違いましゅよ。四両編成鍋列車が…こ〜の〜も〜…も〜の〜…」
 ひよこまめの声がまるで壊れたステレオのようにスローモーに聞こえてきた。
 顔も歪みはじめる。
 鍋列車の鍋料理の出汁がちゃぷんざぷんと揺れる。
「また時空が歪んでいる!?」
 指下が叫ぶ。
「大気圏突入だ、ふせろ!」
 ふせてどうにかなるものなの?
 激しく疑問がよぎったが、いま喋ったら舌をかんでしまいそうだ。
「み…んに…あ…て…よ…った…しゅ…」
 ひよこまめの声が途切れ途切れに聞こえる。
 会えてよかった。
 そう伝えたかったらしい。
 いつの間にか私の頬を涙が伝う。
 ひよこまめ、ありがとう。
 出汁に程よく溶け込んだコクに包まれ守られながら、私達はとうとう地球へと帰ってきた。
 広がる地球の青と摩擦熱の赤。
「ブラボー!」
 船長が感嘆の声をあげる。
 私達の万感の想いが伝わったのか、四両編成鍋列車は長い汽笛を一つ鳴らし、地球へふわりと舞い降りたのだった。


 
☆第一章 第十節 「ボク/ワタシたちに明日はない…??」

  [第十節のしばり:館(ヤカタ)と館(カン)は銀河(ぎんがわ)へ向かう自転車から降りてはいけない]

 …東の空が白み始めていた。
 ボク/ワタシは街へ戻っていた。
 そろそろこの旅も終わりにする頃だ。あの時からワタシ館(ヤカタ)とボク館(カン)に体が分かれ、意識も宙をさまよっている。
 ワタシはボクを荷台にくくりつけ、自転車流星号を出発させた。
 時空(ときぞら)さんちの壊れた塀の裂け目を通り抜け、月面(つきも)町を南北に貫く銀河(ぎんがわ)へ向けて走る。後ろを押すのはモンゴル力士。指下、机山、アームストロング先生も並走して応援してくれている。
 顔にあたる風が心地よい。
 気がつくとモンゴル力士は遠く後ろにおいてしまっていた。指下、机山は必死の形相で走っている。
 こんな気持ち良さの中で必死になっているのって馬鹿みたい。ああ、気持ちよい、、と走っていると妙にペダルが重くなった。
 ふと後を振り返るとボクの上にアームストロング先生が乗って茶をすすってる!
 せんせーなに無茶するんですかー、そう叫んだ瞬間に自転車の後輪からパーンという音。
 途端に、ぐららぐらぐら、と、ふらつく車体。
 アームストロング先生の湯飲みからひゅるるる、と放物線を描いて茶がこぼれ、空にきれいな虹をかけた。
「もう先生ったら!」
 ちょっとぷりぷりしながらも、ワタシはぐんぐんペダルを踏みつづける。
 スローダウンした自転車にたちまち追いついた指下と机山が、いそいそとタイヤ交換してくれた。
 さあ、もう銀河までもう一息、とはりきって角を曲がると、そこはあの心臓破りの上り坂であった。ペダルにはずっしりと負荷がかかった。
「いやん。ただでさえ二人なのにぃ」
 ふと見ると指下がものすごい形相で上り坂を駆け上がる。
「お先に〜〜〜!」
「あ!ずるいわ!」
 更に加速しようとペダルをこぐが、すでに指下一馬身リード。なんと勢いづいたアームストロングも追い上げます。さあ館(ヤカタ)どうする。
 そこへなんということでしょう、先程まではるか後方に位置していたモンゴル力士までもが、悠々と追い抜いて行くではありませんか。さすが腐ってもスポーツマン、鍛えられたスポーツ心臓とスポーツ筋肉には勝てそうにない。
「上り坂には原動機でしゅよ」
 いつの間にか上空をホバリングしていた移動図書館から、するすると降ろされたのは、ヤマハの自転車用原動機じゃないか。
「は、反則」
「そんなこと気にするな。これはたぶんスポーツじゃないんだ。仮にスポーツだとしても、ルールはないんだ」
 必死に自分の分身を説得しつつ、荷台から手を伸ばして原動機を装着したとたん、ピキ〜〜ン!!
「きゃっ」
「うわっ」
 衝撃と、耳をつんざす金属音が。
 たまらず二人して自転車から落ちそうになったが、ギリギリのところでふみとどまり体勢をなんとか整えた。
「ひゃっほう、コレやっぱりスゴいかも!」
 ペダルを漕ぐ足が急に軽やかになり、思わず叫んでしまった。
 ぐんぐん進むよ、流星号。どんどん進め、流星号。
「やるじゃ〜ん、グッジョ〜ブ♪自分で自分をホメタイでーしゅ」
 移動図書館が頭上で自画自賛してぐるぐる回ってる。
 両足を浮かして漕がなくても凄い速さで進んでいく。電動自転車って便利だったんだね!この調子だと予定より早く到着できそう。
 進め!流星号!進め!銀河にむかって!
 ぷすん、ほにゃへにゃ。
 あっ、またパンクだ!
 でもだいじょうぶ、原動機があるから!原動機って本当に便利。
 ワタシ館は自転車のことをきれいに忘れ、車上で洗い物を始めた。
 ボク館はぐうぐう寝ています。
 アームストロング先生もボク館の上でぐうぐう寝ている。
 並走中の指下と机山もぐうぐう寝てしまったけど、原動機がついてないから、ほら転んだ。
 うわ〜痛そう。
 遠ざかって行く痛い指下と机山。さよなら。さよなら。さよなら。
 自転車流星号は、みずいろの排気をもうもう出しながら時空(ときぞら)さんちを目指します。
 あの塀の裂け目に突撃だぜべいべ。時空を超越しろ!っつーか、アームストロング先生の寝相が悪くてマジちゃりから落ちそうなんですけど。
 ま、そんなことにはかまわず、アクセルを目一杯吹かすぜい。
 ヤマハ発動機製原動機の奏でるエグゾーストノーツが腹の底に響いてくる。
 スピードの快感、振動の快感!時空(ときぞら)さんちに一番乗りだァ!流星号のグルーヴは最高潮!
 カンの汗と息遣いがエーテルを揺さぶり、ヤカタの黒髪は太陽に突き刺さる。
 パーン。
 乾いた号令が響く。ガクっと仰け反るヤカタの革ジャンの背中、「Call Me! エラ」の刺繍が赤黒く抉られ、薔薇の刻印が噴き出す。ローザ・ロージー。
 暴れるハンドルを握りなおすカン。
 パーンパーン。
 続いて鳴る天使の喇叭。カンの背中の「Call Me! ルーチン」は引き裂かれ、霞む視界の中、赤い流れは銀河だ。
 流星号は土手の急斜面を一気に駆け下りる。
 冷たい風がカンとヤカタを正気に戻した。
 流星号は走ってきた。
 時空さんの家から、コンダラが転がる校庭、ホテルIMYの角を曲がり、ひよこ豆畑、鍋の四両屋の前を走り抜けてきた。
 川岸から流星号は大きくジャンプする。
 ヤカタがカンの背中にしがみつく。
「これで二人は元に戻れる」、
「本当にそうなの?」、
「ま、戻れなくてもいいじゃないか。それでも人生は続くんだ」、
 水面まであと1メートル、
「じゃ、バッハハーイ」。


 
☆第一章 第十一節 「銀河(ぎんがわ)のロマンス」

  [第十一節のしばり:舞台は銀河(ぎんがわ)に浮かべた白い小舟]

 ぱちゃん。ぱちゃん。
 青い滴の音がする。
 あれ〜、どうしたんだろう。これってなんだっけな。
 バラの香り。
 ああ、気持ちよく眠っていたんだ〜。もうずいぶん長いこと夢を見てたような気がする。
 えーとたしか沢田君が、銀河(ぎんがわ)に浮かべた小舟に、私は乗っているんだね。
 みなさんはじめまして、私の名はシルビーです。あれ、なんか違うような。ま、いいや、シルビーってことで、ひとつよろしく!
 あっ、シルビーって聞いて、シルビー・バルタンを思い出しているそこのアナタ、歳がバレるわよ〜。
 そういえば、この薔薇の香り、青い薔薇の香りだわ。
 銀河(ぎんがわ)の川岸に生い茂る青い薔薇の群生地から、青い滴がしたたって芳香を放っているのね。銀河(ぎんがわ)の透き通った赤い水に、青い薔薇の滴が落ちると、そこが紫色になるの。だから、川岸だけ紫色なのね。川の真ん中は赤、川岸は紫か…クランベリーとブルーベリーの大きなsweetsみたい。
 白い小舟はそんなキラキラの川を、どんぶらこどんぶらこと進みます。
 私は感動して、僕に言ったの。
「まあなんてロマンチック。ありがとう、沢田くん…いえ、ジュリー」
 僕は黙って私を見ていた。私は悲しげな声で僕に告げたよ。
「私は本当は、アンドロメダ星から来た王女なの。そろそろ帰らなければならない時が来たようです」
 私は僕の手を取り
「今までありがとう。アンドロメダ星に帰ってもあなたのことは忘れない。さようなら。小野田官房長によろしくね」
 小野田官房長は私の初恋のひと。私が小さい頃からずっと見守ってくれていたの。
 でもそのことは僕には内緒なの。
 アンドロメダに帰れば新しい恋が私を待っているはず。私は全てのことを忘れて恋に落ちるわ。僕もここで良い恋に出会ってくれればよいけれど。
 私が空を見上げると頭上には満天の星が天使の弓矢の形に広がり、僕が川面を見下げると…。
 一艘の泥舟が葦の陰から対岸へと舳先を進めているのに気付いた。
 目を凝らして見ると、船上の人影は、三人の官房長と三人の人食い土人ではないか!
「おおこれは、大野田官房長、中野田官房長、小野田官房長ではございませんか」
 と僕は呼びかけ、笑って手を振る。
 と、私の肩がブルッと震えた。
「♪ンドンゲの花〜ンドンゲの花〜♪」
 船上では土人の歌で大騒ぎ。
 土人の歌声が高まるにつれ、ドレッドヘアの土人の頭にはワサワサとウドンゲの花が咲き乱れた。
 そういえば死んだバアちゃんが言っていた「3000年に一度、ウドンゲの花が咲く時、三人の官房長官から取った最高の出汁の鍋から如来が現れる」と。
 僕も土人に合わせて歌う、「♪ンドンゲの花〜」、すると僕の頭にもウドンゲの花がワサワサと咲き始めた。
 シルビィも歌う、「♪ンドンゲの花〜」、その頭にもウドンゲ花咲く。ワサワサと。
 小舟の上も泥舟の上もいちめん、ワサワサと咲き、ゆらゆらと風にゆれるウドンゲの花畑だ。夕陽がせつない花畑のかなたに、僕はちぎれるほど手をふる。
「おーい、シルビィやーい」
 ゆらゆらウドンゲの向こうから、白い帽子を風に飛ばして、シルビィが駆けてくる。
 僕も走る、花に足をとられ、よろめきながら。
 ぐらぐらっと世界が揺れた。
 いや、揺れているのは舟なのか?
 泥舟だ。
 泥舟がなにやら不安定に揺れ、人食い土人が「HELP!」をハモり始める。
 泥舟が浸水しているようだ。
 3人の官房長たちは急いで水をかきだすが、時すでに遅しと悟ったのか、シルビィが風に飛ばした帽子にすがりつき、よたよたと風に乗って白い小舟目指して飛んで行った。
 泥船はもう全体が沈んでしまった。
 官房長三人は立ち泳ぎをしながら私の帽子につかまった。三人もつかまった帽子も、水の中に沈んだりするので、慌てて持ち上げたりしているが、いつ沈んでもおかしくない。早く助けてあげなければ。
 立ち泳ぎ真っ最中の三人は浮き沈みを繰返しながら口々に言った。
「あっぷ、あっぷ」
「ぐはぁ」「ごぼごぼ」。
 明らかに溺れてる言葉(音?)だ。
「大変、これにつかまって!」
 私の頭からウドンゲの花の茎がしゅるしゅると、三人の手元へ伸び、三人の官房長がすがりついた。
 さすがウドンゲ!これでアンドロメダに帰れるわ。
 帽子は川面を離れてシルビィの頭に戻り、探検用ヘルメットの形で、くるくる回転し、きらきら光りながら、どんどん大きくなっていく。
「UFO!」
 と三人の土人が歌った。
 シルビィたちは、ほんとうに行ってしまう。
 小舟の上で泣く僕に、三人の人食いたちが笑いかける。
 僕は、こいつらを助けることにしよう。


 
☆第一間奏 「ペリカンさんの点取占い」

  [この節は逆順リレー、すなわち、節末から逆順にリレーされて書かれる]

「白い靴下は川にぷかぷか浮かぶ 7点」
 (あのヒトの点取占いのお題はいつも水っぽいんだよな…)と独りごちりながら、パンを咥えたジュリーは月面中学の校門をダッシュで駆け抜け、教室にダイブ。
 そうは言っても縁起を担ぐタイプだ、肩かけ鞄がズルリと動くたび、チラリとジュリーの足元が白く輝く。
「これから水玉時間なのに…」
 指下がわななく。
 すると、カモノハシが慌てて教室に駆け込んできた。
「みんな、ペリカンさんがくるよ!」
 ついにペリカンさんがやってきた。
「…さぁ、いよいよ最終発表よ。図書館(ズショ・カン)くん1.5点、図書館(ズショ・ヤカタ)さん2+5i点。え、なんで点数が複素数なの?はぁ〜、いやんなっちゃう。」
 苛立たしげなペリカンさんのお腹が「ぐぅ」と鳴った。
 その目と嘴が鋭く光るのを見逃さなかった指下が叫ぶ。
「お腹すいたなー。机山、職員室に出前のメニューがあるから何か注文してこいよ!」
「わかった!ちょっと待ってて!」
 机山は走って職員室に向かった。
 携帯を取り出し電話をかけた。
「毎度ありがとうございます!おかもち太郎でございます!」
「あ〜もしもし?いつものふたつ、B組机山です。」
「…屋台かい?注文かい?」
 ペリカンさんはそわそわしだした。
「あ、ヤべ…」
 いつも通りに注文したのが、そもそもの間違いというべきか。ペリカンさんは、うどんが大好物なのである。
「へい、おまちどぉ」
 五分と待たないうちに現れた白衣の紳士が、おかもちから出した丼の蓋を机山が取ると、そこには水玉模様の麺が泳いでいた。
 ペリカンさんは丼を見たとたんに、ホルスターから銃を抜き出して机山を撃ち始めた。
 騒然とする教室、あわてて教室の外へ逃げる机山を追いかけながら、ペリカンさんが叫んだ
「私が食べるうどんがなんで水玉なのよ、うどんはかまたまでしょ!」、サイレンサーのくぐもった銃声が響くと曇りガラスに血しぶきが飛び散った。
 教室は静まり返った。
 やがて指下がつぶやく、
「みんなで水玉 で揃えようってホームルームで決めたじゃん」。「もとはといえば、ジュリーが白い靴下なんか履いて来るからいけないんだ。」
 カモノハシが調子を合わせると、まばらな拍手が巻き起こった。
 やがて駆け足でドアを蹴破り、構えていた銃をホルスターにしまいながら戻ってきたペリカンさんが口を開くと、教室はいつものように、ちょっぴり魚くさくなる。
「ところで今日は不思議なものを見ました。天駆ける四両編成鍋列車、だれか見ませんでしたか? …脱線が多くてゴメンなさい。続きを発表します。指下くん4点。狙いすぎ。机山くん3点。普通すぎ。モンゴルくん0点。無理。以上、合格者はナシです」
 早口で言い終わると、ペリカンさんは部屋を出ていった。
 誰かがつぶやいた。
「なんで…?」
 誰も答える者はなく、静かな窓に春の日は暮れようとしていた。



 
☆第二間奏 「干満の中の緩慢」

  [この節は逆順リレー、すなわち、節末から逆順にリレーされて書かれる]

 僕は月に潜む時の力に囚われてしまっている。
 今思えば発端は、忌わしくも懐かしいあの区立図書館の事件だったのだろう。
 月は僕を干満の中の緩慢という牢獄に封じ込めてしまった。
 だから僕はもう、走れない。そんな筈じゃなかったのに。
 月に来たら、本当なら、どっしりした門柱に風見鶏、マホガニーの書見台までフル装備の図書館が用意されてて、そこには初版本の『手足を持った魚』やクリストファー・プリーストの『逆転世界』が待ち構えているはずだった。
 僕にはギルドから山ほどのガイドが与えられたが、ほんの小さな図書館も与えられなかった。
 月面では都市が年ごとに移動して歳を刻む。それは急ぐほど足が遅くなる呪いだ。
 10m進む間に3年に進級した。
 次の10mで大学に入った。
 やがて丘の斜面にさしかかり、給水地点の桜の木が見えた頃には、僕は30歳になっていた。
 数々の思い出を刻んだ桜の幹にそっと触れながら、
「懐かしいな、机山」
 まだそこに机山がいるような気がしてつぶやいた。
「この桜を見ると、指下の一件を思い出すよ。」
 丘の斜面には「九龍の眼」のカーチェイスシーンのような小さな家がびっしり並んでいる。
「苦しそうに見えるのに、全く苦しゅうない人達が地面すれすれのところで暮らしてるって言ってたよなぁ、机山」
「いや、俺は覚えてないけど」
 桜の木の傍には、巨大な漆黒が実体を得たようなコンダラ。
「地面が赤黒く澱んでいた。僕は近くに寄ってみた。と、コンダラの下から、苦しげに空気をかきむしるような指が。あれは、ゆ、指…?それをどうしてもお前に伝えたかったんだ」
 振り返るとたった今、そこにいたはずの机山の姿がもうなかった。
「…そうか…いるわけないよなぁ、俺もどうかしてる」
 ひとりつぶやき、まわりを見渡す。
 迷ったかと思ったてたけど、よくみたらここは以前来た事あったな。えーといつだったか。
 そうだ!
 あの時だ。あの時この道を歩いてて、突然机山の事件が起こったのだ。
 この道も久しぶりだ。
 水玉嫌いのペリカンさんの逆鱗に触れ、エアガンで血だらけになった机山を担ぎ込んで以来かな。
 図書館(ヤカタ)も出世して、今や家が月面区立だものな。そこには、門柱に「区立図書館」と書かれた、荘厳な建物があった。
 入口の両脇に赤煉瓦を積み上げた、見慣れたはずの風景。
 しかし、あのときから27年の月日が流れていた。



☆登場人物




★みんなの自己紹介 (名前をクリックすると各人のホームページに行けます)
ひろぽにょ谷山浩子です。泳げません。自転車に乗れません。ボウリングのタマが持てません。
kneo 吉川邦夫、「フネ」ともいう。長い翻訳家生活を経てリレー小説家に。
AQ  石井AQです。リレー小説の親を生業としております。
へべ  石井へべです。ゴーヤの種をまいたら生えてきた!と喜んだものの、収穫はアケビくらいのチビばかりでした。トホホ
Zom  観てね(^^) 東京国際映画祭で観た「ビヨンド・サイレンス」最高に面白かった。グランプリが取れて嬉しい(^^)。2004年のベストワンかも。
koda2 こだです。ぴよと名付けた鵯と暮らしています。
時雨亭曲水  謹厳実直悪戦苦闘疲労困憊なサラリーマンです。仕事の合間に観劇と曲芸で人生手いっぱいです。
リカ好きなことは自転車と雲見、旅と映画です。
ミズオ平川瑞穂です。時々、小劇場で役者やってます。最近、\1,050-のSuicaペンギンのぬいぐるみを探して、交通費倍以上使いました〜(^^;
ミッシー舞台俳優
森みりん森みりんです。よろしくお願いします。かにこと金子森と、みりんこと保科美佐緒の役者コンビの連名です。ゴーストライター募集中です(ToT)


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