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 メールでリレー小説2004 第二章   

   第一節 「ロシア大使館
   第二節 「出会い
   第三節 「大晦日
   第四節 「藪蛇ヶ原シモーヌ嬢の生い立ち(或いはつまみ菜)
   第五節 「古井戸地下探検隊
   第六節 「白山域ニ於ル雷鳥崇拝ト農事ノ研究 著:前埜略夫
   第七節 「切なさの記憶
   第八節 「真紅の空に狂気が踊る
   第九節 「勝敗の行方

   ・第二章 署名入りバージョンを読む

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☆第二章 第一節 「ロシア大使館」

 真夏。
 真っ赤な骨格を真昼の太陽光線に晒している東南東の道標。
 ここはアマンドがある六本木交差点。
 東京タワーに向かって歩けばいいんだよ、簡単だろ。藁夫がそう言ったっけ。
 歩くのは簡単だ。方位磁石だって持っている。だけど冷房のきいた地下鉄の駅から出ると、この暑さだものなぁ。俺は北緯40度の男なんだからさ、勘弁してくれよ。
asb2-1  そもそもシモーヌのお父さんが勤めているのがロシア大使館だったのがことの起こりだ。
 今日の大規模な設宴の準備を手伝ったら後でいろいろご馳走にあずかれるというのだから、これを見逃す手はないってことだ。
 しかたなく炎天下をてくてく歩く。これがリスボンだったらな、夏だって爽やかな海風がさらっと吹いてて、こんなに辛くないのになぁ。
 ふと見上げた東京タワーの方から、黒い影がまっしぐらに飛んでくる。ななな、なんだ?
 風切り羽根が耳をかすめた次の瞬間、頭巾をかぶった鳩が現れた。頭巾は東京都認定防災頭巾。
「私の名は森山鳩実」
 鳩の名なのかそれは?
「大地震が来ます」
 野生の本能ってやつかも? でも何故鳩がしゃべるんだ? 暑さで俺がおかしくなったのか?
 鳩が飛び去ったその瞬間、震度25の直下型大地震が麻布狸穴町を襲った。
 俺とロシア大使館との間に地割れが走る。
 その向こうでシモーヌが叫ぶのが見えた、
「空は晴れたしホイオバQ!悩みはないしホイオバQ!」
 強いストレスを受けるとオバQ音頭を歌って心の平衡を保とうとするのが、彼女の幼い頃からの癖だ。しかし37にもなってオバQ音頭か。しかも全然歌になってない。
「心ウキウキ!おつむも軽いよ!」
 気が違ってるようにしか見えないよ、シモーヌ。全くなんて日なんだ。鳩は喋る、シモーヌは歌う、震度25の地震には襲われる…地震?
 ちょっと待てよ。前にもこんなことがあったっけ?
 えーっと、それって何時だ? ええと・・・あーもぅ! シモーヌ、少し黙っててくれないか! オバQ音頭が頭の中でグルグル回って落ち着いてなにも考えられないじゃないか。
 たしかもうすぐ飯倉片町のはずだが、おかしいな、飯倉片町で外苑東通りと交差しているはずの首都高速都心環状線がいつまで経っても見えないぞ。大地震で倒壊しちゃったんだろうか。シモーヌのオバQ音頭につられて俺まで
「キュッ・キュッ・キュッ」
 と口ずさみながら、飯倉片町の交差点、らしき場所にはたどり着いた。だが、首都高速のかけらも見つからない。
 剥き出しの鉄骨、ひっくり返って腹を見せる自動車、充満する焦げ臭いニオイ。これはヒドい有様だ。
 100mほど先に人だかりができている。ピルっ…ポロっ…と聞こえてくる叫び声にひかれて近づいてみた。
「ピロシキっ!ボルシチ!出来立てよ、食べて食べて」
 ロシア大使館が、震災被災者に緊急の炊出しを行っているようだ。
「どうだね、ワリーヤ同志。食糧は足りていにすかや?」
「あ、これはヒョードリ書記官、お戯れはおやめになってください。それよりここで炊き出しの支援を行っていただけないでしょうか。」
 どうやらヒョードリ書記官はワリーヤ同志に顎で使われる状況にいるらしい。彼らはどんな関係なのか?
 そんなことよりボルシチだ。
 うまそうな匂いが俺の胃袋を直撃した。いったいいつから食べていないのだろう。余震が断続的に起きている中を、瓦礫をかき分けて大鍋に向かって歩いて鍋をのぞき込んでみた。
 鍋には蝸牛が入っていた。エスカルゴか、フランス大使館からの差し入れだろう。ほかにも力うどん、マドレーヌ、大根おろし、等懐かしい面々が顔をのぞかせる。懐かしさに浸っている間もなく、俺はボルシチを鍋からすくい取り、食べ始めた。
「うまい」。
 久しぶりの食事だからだろうか。
 一心不乱に食べていると、何かが歯の奥に、いや、奧歯に当たるものがある。
 舌でころがし、指でひっぱり出して見ると、それは麻の美だった。
 いつもならプチプチ噛んでしまうんだが、なぜかそいつを噛み潰してはいかんように思い、鍋の蓋の上に置いて、またボルシチを食べ続けた。
 ようやく腹の虫が治まったところで、ふと気が付くと、テーブルの向こうにワリーヤを連れたヒョードリが立っていて、
「森山鳩美は君達の何だ」
 と尋ねた。


 
☆第二章 第二節 「出会い」

 ヒョードリの問いかけに俺は答えられずにいた。
 それが解れば苦労しない、と思いながらも答えを探すために、俺はこれまで起きたことを頭の中で思い巡らせていた。
 と、突然縦揺れの余震が来た。今度は震度9.91ぐらいだろうか。
 足元をすくわれた俺は、炊き出しのボルシチの鍋の縁に頭をぶつけて気を失った。
 どれくらい時間がたっただろうか、目覚めると全く異なる視界が広がっていた。
 隣にはヒョードリもいる。麻の実もある。この風景は、まるで六本木とは思えない。いったいここはどこなんだ。
 頭をさわると大きなコブができている。視界がぶれているのは頭痛のせいか?余震のせいか?ヒョードリも二人三人いるように見える。麻の実も二つ三つ、、いやそこらじゅう麻の実だらけだ。
 視界のぶれが治まった後、俺に見えたのは大麻の林だった。
 俺は最初に目についた麻の実をポケットにいれた。ヒョードリは麻の実を踏みしめて俺に迫ってきた。俺のポケットがバリバリと破れ何かが転がり落ちた。麻の実だ。人間の頭くらいの大きさに膨らんでいる。
asb2-2 「あたしの名は大麻麻美(37歳)」
 麻の実が喋った。よく見るとそれは本当に人間の頭だった。
「たいまあさみ?」
「おおあさ(37歳)よっ」
「すまん、聞き間違えた」
「んなわけねーだろっ」
 麻美(37歳)の顔立ちは前衛的だった。
「あたしは美を落とした。美を探せ」
 そういう訳か。
「ちゅら(美)ってなんだ!」
 と思わず叫ぶ。
 俺は、小学校3年生から高校1年の2学期まで、沖縄の読谷村に住んでいたのだ。そのときのうちなーぐちが突然蘇ってきた。どこどこまでも青い空、透明な海、白い砂、照りつける太陽…。と回想にふけっていると、大麻麻美(37歳)が再び高飛車に言う。
「それは私の一部であり、道標でもあるのよ、ケンジさん。私、あなたに、私の道標を探すための道標になって欲しいの」
 俺の頭は混乱した。ドーヒョーのドーヒョー?
「んなこと言われてもさぁ。難しいさぁ。俺、シーサー怖いさぁ。秋田生まれじゃないけど、ナマハゲも怖いさぁ。俺あと怖いものは、ハブとべーへーとふぃーじゃーぐすいと」
「黙りなさい」
 大麻麻実(頭部)は細い眉をつり上げて俺を見据えた。
「ボルシチの麻の実たちに、まず話を聞くのよっ」
 大麻麻実(頭部)の剣幕に押され、俺は麻の実インタビューのためクルリと踵を返した。
 ウワ〜っ!なんだこれは。
 足を踏みだした途端、俺の視野は一面、真紅に染まった。上も下も右も左も鮮やかな紅一色、壁を舐めてみるとほんのり甘い。どうやらビーツの迷宮に迷いこんだらしい。おっかなびっくり最初の分かれ道まで進むと、足下にキラリと何かが光る。おやこんな所に麻の実の母が、金歯を光らせお辞儀する。
「おこしやすー、地震は大変どしたなー、お茶漬けでもどーどす、どすどす」
 どすどすが鍋に反響する。どすこい、どすこいとロシア力士が四股を踏む。
「カムチャッカの海っス、ごッつあんっス」、力士もご相伴にあずかる。
 ボルシチ茶漬けは麻の実。大麻麻実(頭部)はダシになった。カリルと噛んだ麻の実から俺が顔を出す。シモーヌも顔を出す、俺はシモーヌと俺自身を飲み込む。ダシが横目で俺達の様子を窺っていたのには、うすうす気付いていたのだがよく見ると、その緊急事態な顔立ちに俺は狼狽えた。
 なにか? 何か君の気に触る事でもやったというのか?
 しどろもどろな俺の背後で声がした。
「すまない。」
その声は、すもーももーももーもーももーのーうちー、と鍋の中に反響して消えていく。
「すまない。」
 すもーももー…。空中に飛散する語尾を追う俺の視線は、最後に俺の背後に行き着いた。
(;゜ρ゜)
 そこに立っていたのは俺。白目をむいた俺が、俺の空洞のようにこちらに呟く。
「すまない。」
 俺と出会ってしまった俺。
 白い道。白い花。白い海。
 懐かしい人に会ってきた気がする。
 足元を埋め尽くす麻の実。
 そうか、俺は覚醒しようとしていたのか。
 覚醒剤しよう、ではない。しかも、大麻は覚醒剤ではない。麻の実を3粒拾ってポケットに入れた。
 そして、考える。カンガルー。俺が探していたもの、俺が追っていたものは、森山鳩実でも大麻麻美でもなく、俺だったのか?
 何かが俺の中で覚醒しかけたとき、軽い目眩と共に、俺は深い眠りに沈んだ。


 
☆第二章 第三節 「大晦日」

 眠りから醒めるとTVでは紅白歌合戦をやっていた。
 何か悪夢を見ていたようだがよく覚えていない。今年の終わりもいつもと変わらずなんとなく過ぎていく。年の瀬をひとりで過ごすのに慣れてしまったがやはりさびしいものだ。
 こういう寒い日は熱燗に限る。俺は駅前のディスカウント酒屋で買ってきた無名の安酒を暖めた。
 玄関からベルの音が聞こえた。ああ飲んべのあいつか。
「開いてるよ」
 と声を掛けると、あいつは我が家のように堂々とはいってきた。
「ケンちゃんひとりで淋しでちゅか〜」
「藁の字に言われたくね、っての」
 奴はごそごそコタツに入ってくると、紙袋を卓上に放り投げる。
「コレ、また叔父貴から。アマゾン空豆っつうだと」
「はぁ。ま、これなら酒のアテになるか。カレ氏にしちゃ、今回はマトモなもんを送ってきたべ」
 と、俺は本棚に飾ってある、酒のアテにならない所の、フツ族族長のシャレコウベやKGBが使う藁人形、なんて代物を見上げる。
 世界各地を旅したと称して次々に怪しい土産物を送ってくるワラオジであるが、世界各地を旅したと称してカレ氏が次々に(自費出版にて)垂れ流す旅行記には全て「幻視紀行」というタイトルが付いている点が変に正直である。正直過ぎて何か裏があるのではと疑いたくなる。最新作は「アマゾン幻視紀行」、ワラオジの主観の世界に何故かワラオジ自身が他人として登場し、ドッペルにしてゲンゲルな世界が華々しく展開される問題作だ。その「アマゾン幻視紀行」だが、
「なあ!おい・・・」
 さっきから藁夫は、本棚に置いてある顕微鏡や俺が小2の頃から大切にしている地球儀と透き通った貝殻なんかを見てはぶつぶつ云っている。あの地球儀だって、いくつかの国の名前は変わっているはずだ。
asb2-3  俺はワラオジの、そのドッペルにしてゲンゲルな世界を想いながら天井を見上げた。こんなぼんやりした大晦日も、なかなかいいもんだな。
 と、なごんでいたら
「おいコラ!」
 と上からドヤされた。見れば、天井の隅からfushianaさんがギロギロ睨んでいる。
「お前また、もやっとくの忘れたろ。流されとるぞ」
 そういえば柱がなんだかミシミシいってたっけ。窓をカラリと開ける。
 やっべー。
 俺のアパートは濁流に乗ってどんぶらこと大逆流の真っ最中だった。今日は流れが案外静かで気づかなかったんだ。あーあ、後で鐘でも撞きに行こうと思ってたのにな。ま、それならそれでいいや。
 俺はfushianaさんをコタツに招待してTV鑑賞を続ける。
「お前らはくだらない番組を見ているな」
 fushianaさんは不機嫌である。
「流れに身を任せるという態度が若いくせに」
 ぶつぶついいながらチャンネルを切り替える。
 俺が一度も見たことのないUHFのチャンネルだ。画像は粗いが、オバQ鳥がビックリしているのは、小山の上のロケットから河童の宇宙人が出てきたからだろう。
 藁夫は年越しうどん用の空豆天ぷらを作り始め、
「小麦粉が足りないな」
 と愚痴をこぼす。
 TVでは河童の宇宙人が臨時ニュースを始めた。
 満天の星空と満月をバックに、空中を飛ぶようにポロロッカに流されるアパートの映像。地図ではすでに南鳥島だ。
 窓を開けると、中継用ロケットが並行して飛んでいる。河童とゲストのディカプリ夫が手を振っている。
 部屋のTVに、窓から出した俺たちの顔が映る。藁夫が叫ぶ、
「河童さ〜ん、シモーヌの小麦畑から小麦を収穫して、粉に挽いてくださ〜い。てんぷらに使うから薄力粉ね!」
 河童の宇宙人はそれに応えて
「視聴者のみなさんのなかに、シモーヌの小麦畑の近くに住んでいらっしゃる人はいませんか?!」
 と問う。ゲストのディカプリ夫も
「みなさんのそばに、いいてんぷら種はありませんか?」
 と問う。
 俺はアパートの外を見渡した。
 すると、どうしたことだろう。いつのまにか辺りは小麦畑になっていた。しかも、近くに見える小屋には「シモーヌ」の文字がライトアップされている。つまり、シモーヌの小麦畑の近くに住んでいる、ということか。いつのまに、そんなことになったのだ?
 しかし、藁夫の天ぷら作りを手伝っているいる今、この小麦を収穫できたかどうかはどうでもいい。ほしいのは天ぷらの種だ。そばの種にはやはり芝海老が一番、だが欲は言うまい、かき揚げで我慢我慢。
 俺と藁夫は冷蔵庫を漁り、ありあわせの材料で空豆入りかき揚げを揚げた。揚げ終わって振り返るとコタツに叔父、ディカプリ夫、河童の宇宙人、シモーヌが箸を持って座っていた、食うときだけ現金なやつらだ。
 皆でコタツを囲みながらかき揚げ入りの年越し蕎麦を食べていると、除夜の鐘がTVから聞こえてきた。
 今年もお疲れ様でした。


 
☆第二章 第四節 「藪蛇ヶ原シモーヌ嬢の生い立ち(或いはつまみ菜)」

 藪蛇ヶ原時計店。
 時の流れに置き忘られたこの小さな時計屋の奥の、住居として使用されていた日本間でシモーヌは生まれたという。
 父は藪蛇ヶ原虻造。滅多に客の来ない店先で日がな一日ボーっと口をあけて客を待つだけの木偶の坊であったが、ある夜半
「ロシア大使館に雇われた」
と謎の言葉を残して姿を消した。
 幼いシモーヌを抱え気丈に店を続けていた妻のアユは、一人娘が九歳の誕生日、つまみ菜を喉に詰まらせ非業の最期を遂げている。
 藪蛇ヶ原時計店はこの時CMHCの手に渡った。狐児となったシモーヌは叔父の割烹職人森山鷹之進に預けられた。
 母親の死にショックを受けたシモーヌは青菜全てを拒絶するようになった。
 不憫に思った鷹之進は、シモーヌが食べられるようにとつまみ菜を使った料理を研究した。この研究からつまみ菜料理ブームが起きるのであるが、それは後日のことである。毎晩食卓に載るつまみ菜料理の数々。シモーヌが食べた料理は精進料理の技法を使い、最初のうちはそれとわからぬよう巧みな仕事が施されていた。その仕事は、のちにフェラン・アドリアをして唸らせたという伝説があるが、あくまでも伝説であって真偽のほどは確かでない。
 シモーヌ12歳の誕生日には、つまみ菜のジュレを使ったガトウで祝った。
asb2-4  シモーヌも叔父の元から、鬼瓦中学へ通うようになった。
 中学校では生物部に入った。生物部では、色々な生き物を飼っていた。熱帯魚、鵯、鳩や蛇がいた。シモーヌも当番の日には、熱心に餌をあげていた。特に鳩が餌のつまみ菜をよく食べた。ある日、鳩がおいしそうにつまみ菜を食べるのを見て、シモーヌも一口つまみ菜を食べてみた。すると
「クルルカリル」
という母の声が、鳩の鳴き声に混じって聞こえたような気がした。
 生物部仲間にもシモーヌはつまみ菜を食べさせたが、それで仲良くなったのが一学年下の汐留藁夫だった。藁夫は小麦粉アレルギーに悩んでいたので、青菜嫌いを克服した彼女にあこがれたのだろう。
 私立カメレオン女子高校に入学したシモーヌの後を追いかけようと藁夫が女装して入学を試み、大騒ぎになったがシモーヌは平気であった。
 色白で日本人離れした容貌のため、彼女の下駄箱はSからの手紙で溢れ、近所の男子どもは彼女の踏んだつまみ菜を争ってむさぼり食い歓喜の涙を流したものだった。そんな熱っぽい崇拝者たちの狂躁をよそにいつも涼しい顔をしていたが、そんなシモーヌにもひとつだけ悩みがあった。
 私立カメレオン女子高校の裏門の脇にある古井戸の柳に、おやつの時間になるときまってつまみ菜をもぐもぐしながら河童の宇宙人が休憩にくるのだ。
 目立ってしょうがない。
 シモーヌは、古井戸の内壁にKGB横穴式秘密基地があることを知っていた。
 入り口にはきちんと藁人形が掲げてある。藁人形はKBGの番人だ。そして合い鍵は森山鷹之進謹製つまみ菜。藁人形の口につまみ菜をつっこむと、つまみ菜のDNAを解析、藁人形はワラワラと、笑笑を創設し笑笑長者となったかもしれぬが、それは別の話。
 シモーヌは藁人形に導かれて古井戸を奥へと進む。でも、古井戸が暗いので藁人形に火をつけ松明にしちゃいました、ごめんなさい、藁人形さん。
 突然、地下にチクタクと音が響く。
 暗闇で見えた看板は「藪蛇ヶ原時計店CMHCな支店」。
 ドアが開くとそこに白衣覆面の小さい人。頬中のつまみ菜をゴクと嚥下してTMHC院長は口を開く。
「看板は古いままネ」
 この頃CMHCに内紛があり、店は森田療法の過激な解釈を唱えるTMHC院長派の運営となっていた。
「病状が重いデス。父母との離別による神経症を克服するには"あるがまま"を受け入れることダ。アルガママの時の流れを、すなわち時間とアナタが一体化することデス。時間とは、」
 院長の指す先には手術台、そして傍らには鳩時計を持ち手術台を指さす俺がいた。
 俺の声がする。
「これデス。これヲ組み込みまス」
 シモーヌを手術台に縛り付け、腹を裂いて時計の内蔵をぶちこんだ。両目をくり抜き従兄弟の森山鳩実と従兄弟の森山鳩実を押し込んだ。更に333メートルの東京タワーを頭頂からねじ込んでいく。血染めのタワーが残らず体内に埋まると、最後に泡を吹いている女の口いっぱいにつまみ菜を詰め込んだ。
 マアナンテ食いしんボのしもーぬチャン?
 37歳のオ誕生ビ、オめでトウ?


 
☆第二章 第五節 「古井戸地下探検隊」

 シモーヌの体内に鳩時計と東京タワーが無事おさまり、その傷が癒えた頃、ちぎれぐもの隙間からオバQ鳥がぺこぺこ飛んできて言った。
「はろーー。あのね、KGB(略)基地の奥の、藪蛇(略)支店のもっと奥にある朱の扉の向こうはネ、すてきなお宝いっぱいの、罠と魔法のだんじょんなのネ。ボクといっしょにいくとネ、1200円で短剣と旅人のふくも貸してくれてネ、12時間あそびほうだいなのネ。いっしょにいこうよ、KGB(略)基地の奥の、藪蛇(略)支店のもっと奥にある、朱色の扉の向こうへネ」
 しかしシモーヌはゲームが嫌い。
「興味ないわ」
「ばけらった…」
 ちぎれぐも飛ぶ空の下、オバQ鳥はぺこぺこと、東京タワーのなくなった、港区めざして飛び去った。と。飛び去ったのはオバQ鳥だけじゃない。河童の宇宙人も飛び去った。鳩も鵯も飛び去った。なぜか藁人形も飛び去った。あ。その先の港区方面で、醜悪なジャイアント海豆が
「むぐおわーふおわー」
と奇怪な雄叫びを上げているじゃないの。ああ嫌な声。いったい何、この世界は。
 シモーヌは両耳を押さえて逃げ惑う。
 そうだ、例の古井戸に隠れていよう。河童の宇宙人は、もういないんだもの。我ながら素晴らしい考えじゃない。
 急いで口で吸え、をヘッドホンで大音量にしながら、シモーヌは古井戸へ向かい、古井戸へ飛び込んだ。そして若い頃に訪れたKGB横穴式秘密基地を目指した。
 しかし、昔と違って入り口の目印となった藁人形は飛び去ってしまっていて、入り口が分からない。
 そのときシモーヌは、光苔の淡いおぼろな光にふちどられた扉の輪郭を目にした。手さぐりでノブを回す。中の薄暗がりを透かして見ると、どうやら左右に二本のかなり急ならせん階段があり、下方へと続いているようだ。一歩前に出たその足もとで
「私の名は青春の光トカゲ」
 と声がする。トカゲの名なのかそれは?
 ぼうっと光る小動物はこう告げた。
「らせん階段の一方は南米に、もう一方はアフリカに通じている。ただしどの階段がどちらに行くのかは私も知らぬ」
「ではどちらがアフリカにつくのか一緒に知りましょう」
 シモーヌはそういって小動物を抱え上げると、足の向くままに片方のらせん階段を駆け下りた。光トカゲの明るさのおかげで足元がかろうじて見えている。地球の裏に抜けるほど駆け下りた後、また分岐にさしかかった。足元には光トカゲでも照らされない小動物がいる。小動物は
「私の名は闇トカゲ、より暗いほうが正しい道である。」
asb2-5 「あら暗くては見えなくてよ」
「斯は心の闇に浮ぶ道即ち、」
「おだまり!」
 カッと見開かれたシモーヌの両の目から飛び出した森鳩は光トカゲを山鳩は闇トカゲを口にくわえ、空に美しい二重螺旋を描いて去った。
「ハハハ、」
 いつの間にか開いた横穴から現れた男。ヒョードリ書記官である。
「好物のトカゲに我慢し切れなくなりましたか。困った鳥たちだ。ところでシモーヌ、君は義経を知ってるね。彼がどうやって大陸にジンギスカン鍋を伝えたか…」
 突然、シモーヌが大量のつまみ菜、機械部品を吐き出し苦しむ。やがて金髪をなびかせ立ち上がったシモーヌは、若く美しく、誰がどう見ても18歳だった。
「ヒョードリ書記官、いままでの私は悪の手先森山鷹之進のつまみ菜と鳩にに操られていたのだわ、世界を救う仲間を求めてキリマンジャロへ向かうわよ。」
 古井戸はKGBの弾丸地下列車の乗り場に通じていた。運転席にはワリーヤがピロシキをくわえてスタンバイ、ヒョードリは車掌となり
「私立カメレオン女子高校裏古井戸発、ウラジオストック、カブール経由、キリマンジャロ行き弾丸地下列車がまもなく発車いたします」
 とアナウンスした。
 KGB弾丸地下鉄道は、アフガン侵攻を契機とし極秘裏に建設が進められたものであるが、すでにペルシャ湾、紅海を海底トンネルで抜けてタンザニアまで開通しているのである。ワリーヤ運転手の背中はぴんっとまっすぐで、赤い帽子にはトカゲのバッジがきらりとひかっている。
 ヒョードリは続けて言った。
「終着駅が近くなると、なつかしいにおいがしてきますよ。でもそこには、すこししかいられないのです。」
 両手をこすりあわせながらうつむく彼の表情に、俺はその理由を聞けなかった。


 
☆第二章 第六節 「白山域ニ於ル雷鳥崇拝ト農事ノ研究 著:前埜略夫」

「おーいゼンリャク、そこの畝さば測ってみれ」
 蛭留教授ノ軽快ナ口調ガ、余ノ渾名ヲ喚ル。余等ガ農事ノ調査研究ノタメ白川郷ニ入リテヨリ、十日ガ過ギタ。作業ハ順調ナル進展ニアリ、白髭ヲシゴクヨウニ撫ゼル教授ノ癖ガ屡々見ラルル。御機嫌麗シイ証左ナリ。
 ソモソモ此ノ地デ合掌シタルガ如キ家屋敷ノ有様ハ、白山修験ノ根拠地トシテノ宗教観ト深ク関ワリ、トリワケ雷鳥ヘノ興味深キ畏敬ノ念トイフ物ガ日常ノ農作業ニ及ボス様々ナル影響ハ、他ノ土地ニ凡ソ類例ヲ見ヌモノナリ。譬ヘバ、其ノ年ニ初メテ種籾ヲ播ク者ハ、両手ニ籾ヲ握リテ激シク羽搏キテ後、雷鳥ヲ模シテ田圃ヲ縦横ニ駆ケメグル等々。
 本調査ニ於ケル余等ノ最大ノ関心事ハ、近々催サルル雷鳥ノ長ノ神事ニアリ。古来伝承ノ神事ナレド、未ダ謎多シ。蛭留教授ガ余ニ告グル。
「ほんでもってよ、古老の話では山のあそこんとこの雪が鳥の形になった三日後に神事を催すんだと」
 余ガ山ヲ眺ムルニ、鳥ノ尾羽ガ姿表サバ即チ鳥ノ姿ヲ成スナリ。再ビ蛭留教授ガ余ニ告グル。
「このぶんだと神事は来週の2月29日になるやろう、と古老が言っとった。でよ、神事を見たい言うたら、あかんと言われた。見んで参加しろだと」
 余ガ応エテ
「そんなあいそんない。よそもんやとめとにしとるがやろ。ほや、教授は見ていいがか?」
 教授ハ余の目ヲ見ズニ
asb2-6 「なーん、わしもだっちゃん。わしら見んで参加するがや。」
 余ハ
「ほーけー。わっしゃー見るぞいや。神事は人でむたむたになっとるさけ、おんぼらーっと行ったふりしてあのかたがった社の裏から見よ。」
 教授ハ怯ンデ
「ああ見まっし。わしゃ見んぞいね。古老の言うことは守らんと。」
 夜トナリ一人オールナイトニッポン聞キツツ神事覗キミルニ、巨大ナル雷鳥現レ余ヲ食ライ飛ビ去ル。余絶命ス、、、
「語り手食われて困ったでの、」
 教授が悩む所に恐山から卒業旅行に来ていたイタコの鯛子が
「潮来のイタロ〜、ちょっと見な〜れば〜」
 と通りがかった。名産どぶろくようかんで略夫の口寄せを頼むと快諾、すぐに霊が降りた
「わーしーが略夫じゃー、」
 ともう一人霊が降りた
「オーソーレーコスミコーミーケーブーチトラーチビニャンコーミケー。フーユノヨールー、ヒトリノタービビトーガー」
 ってこの霊は別の霊じゃないか、と、あなたは怪しむ。
「ごめんな、おらちと間違えてイタロ・カルヴィーノの霊下ろしただ」
 イタコの鯛子、白髪頭を掻き姪の隊子を召喚する。姪の隊子、ブリキ頭を叩いていわく
「我いたろノ遺作『霊長類』中ノ人物ナリ。我ラ鳥類ヲ哀レミ殺シ羽根ムシリ焙ルハ大漁豊作ノ祈願ナリ。雷鳥ハ霊鳥ニシテ類鳥ニアラズ全テノ類鳥ノ上ニ君臨セシモノナレバ雷鳥ノ脚ハ凡庸ナル誤変換ヲ為サズ大イナル超誤変換ノこんじきノ雲ニ包マレぽんぽこぴ〜 やあみんな元気〜? ボク略夫だよ。ってか?」
 おお、略夫の霊が下りた! さあ再び語り手に!
「かたりて? なーにーそれ」
 様子がおかしいことに気づいた蛭留教授がたずねる。
「君の姓名は?」
「ボク中ムラ略夫〜。チュウリャクって呼んでねんのねんのねん」
 なんと、略夫にも種類があったのか!
 そして、隊子におりたチュウリャクが語り続ける。
「白山デハ古ヨリ空豆ヲ尊ビ収穫ノ祭事ハ盛大にオコナハレタ。ソシテ雷鳥ヲ喚ビ、雷鳥ニ乗ッテ木曾ヲワタリアルイタモノノヨ。あーん、でも思い出そうとすると、頭が痛ヒ。あとは、面倒なんで弟の興梠略夫。通称コウリャクにまかせたワン。」
 と言って。チュウリャクは隊子から、去っておさらばおさらば。
 見るからに神経質そうなコウリャクはしきりに黒ぶちの眼鏡に手をやりながら、
「兄さんは、いつもこうだ。僕がなにをおもっているかなんて気にしちゃいない。けど、まあ、いいでしょう。まず、僕がわからないのは、雷鳥崇拝なのに雷鳥に乗ってしまうところです。雷鳥が最後までくじけないで歩いた年は豊作といわれていますが、これは、ワンツーワンツーくじけないで歩けとチータも言ってますように、日本人の宗教観の典型的表現でしょう。してみますと『雷鳥に乗る』は祝詞でノリノリだぜの意、即ち魂が雷鳥に宿るという事と」
 而シテ余ハ此ノ世界ノ前世中世後世ヲ超エタル由縁ニ寄寓スル身ト成レリ。
 殊ニ聖ナル山ノ力ヲ借リタレバ、余ハ雷鳥ニ宿リテ時間ヲ自由ニ往来スル能フ。余ノ発見セシ聖山ハ、白山/さがるまた/あこんかぐあ/きりまんじゃろ等々ナリ。


 
☆第二章 第七節 「切なさの記憶」

 春になり、八百屋の店先で空豆を見かけると、俺は一瞬の胸苦しさを覚える。
 俺が28歳のとき、シモーヌから汐留藁夫を紹介されたことが、その始まりだった。藁夫は大変質の良い空豆を作ると評判の農家の主で、シモーヌは藁夫の作る空豆以外は空豆ではないと言い切るほどである。
 俺は、藁夫と初めて出会ったときから、胸の奥になにかざわめきのようなものを感じ始めていた。収穫期の藁夫はたいてい、割烹着にモンペに日除け帽に軍手という完璧な農家のおばちゃんルックできめていた。シモーヌと一緒によく、湖の向こう側の高台にある空豆畑に押しかけて行ったっけ。バケツで冷やしたワインを、夕陽見ながらあぜ道で飲むのがそりゃあ旨いんだ。豆の葉っぱがさやさや鳴っててね。ちくしょう、泣けてきちゃったぜ。
 シモーヌがポロロッカにのまれて行方不明になった後、俺と藁夫はカレッタ汐留へ出かけては、祇園辻利の抹茶ソフトクリームを食べながら、展望台から水平線を眺めて、シモーヌの面影を追いながら、3人でいたときのことを懐かしんだ。二人でスカイレストランへ行って、そこで出てきた空豆を一口囓ったとき、藁夫がその不味さに厨房へ駆け込もうとしたのをあわてて止めたのも、今となっては懐かしい。
 もう、あの頃のように一緒に過ごすことは無いのだろうか。藁夫は今も、突撃ラッパが響くところにいるのだろうか。夢の中でも、なんでもいい。藁夫に会いたい。
asb2-7  切実な問題として、あといくつ残ってんだ藁夫の空豆は。残り少ない空豆を数えるのは、しかし、俺の精神の安定をおびやかす危険な行為だ。残り空豆数がゼロになったとき、俺は死ななければならない。いや、それは思いこみというものだろうが、藁夫の空豆は空前絶後の絶品なのだから、俺のこの脅迫観念に救いはないのだ。なんという切なさだろうか。この切なさを癒すために俺は藁夫の空豆を匂いでみる。目前に、8番目の空豆が飛び上がった情景がフラッシュバックする。あれが脅迫観念の始まりか…
「海前絶後の豆、ってのもあるだよ」
 ふと、藁夫の言葉を思い出した。何時だったか呟くように漏らした言葉。何でも、空海が空豆を日本にもたらした折に実はもう一つ、海豆という種を携えていたのだという。その後、空豆は全国に広まったが、海豆は密教との関連で高野山でだけ細々と作られていたらしい。藁夫はそんな話をした後、得意の謎かけ口調で
「ハナ・ハト・マメの三姉妹、まっかなおうちにすんでいる」
 と口から出まかせを呟くと、俺を突き飛ばして逃げていった。
 そう、いつだって藁ちゃんはそうなんだ。全部口から出まかせなんだ。空海が空豆を日本に伝えたなんて大嘘だし、海豆なんてのも藁ちゃんの創作さ。パロンブにペロンボ? 本人とっくに忘れてまっせ、そんなもん。俺が今まで藁ちゃんの虚言癖と思わせぶりにどれだけ振り回されてきたか、どこへ行くにも
「東京タワーへ向かって歩けばいいんだよ」
 と教えてくれたよね。最初は怒ったけど、じきに聞くと笑えるようになってしまった。小麦粉アレルギーといいながらベーグルをむしゃむしゃ食べてたのはいったい何だったのだろう? でも藁夫が嘘を話すときってなんだかかわいいんだよね。いもしない叔父さんから送られてきたという客船のチケット、あれには困った、手書きのチケット。結局、皆で東京湾納涼船に乗ったら沈没。ロシアの潜水艦に助けられたっけ。懐かしいな藁夫の顔…あれ、藁夫の顔が思い出せない…藁夫はいつも覆面を被っていたからな、いや、それはディカプリ夫? 整形失敗のマイケル? そうだ、納涼船で知り合った白衣の人だっけ。彼が言ってたな、
「おまえが藁夫だって」。
 そりゃなんだと、あなたは疑う。俺が藁夫かと、俺も疑う。
 なんか頭が痛くなってきたな、こういう時には空豆を食べて藁夫の思い出に浸ろう。
 冷蔵庫から空豆を取り出し、ざざざと洗ってビタクラフトの片手鍋に放り込む。塩をひとつまみ振りかけてから蓋をし、弱火にかける。無水調理なので、焦がさないように気を付けないと。
 鍋はすぐにふつふつと音を立て始めた。茹で具合を確かめようと鍋を覗き込んだ俺は、息をのむ。
 鏡面状の鍋蓋に映っていたのは、懐かしい藁夫の顔だった。


 
☆第二章 第八節 「真紅の空に狂気が踊る」

 目の焦点が合い、ミニクーパーを運転するシモーヌの瞳が見えた。
「やっと意識がはっきりしてきたようね、ケンジー藁夫」。
 それが俺の名前か。俺はゼンジー北京の弟子か。
「ブラッドピジョンの病原体は精神を錯乱するわ、山鳩型スーツを着ないと」。
 真っ赤な空は夕日では無く、鳩の大軍なのか。
「略夫が残した論文の暗号を解読したわ、日の出桟橋の喫茶キリマンジャロに向かうわよ、そこからタイタニックに…」。
 突然、前に飛び出して来た白衣覆面の小さい人が俺達の驚きを無視して一方的に話し始めた。
「空が真っ赤なのデス。真っ赤な鳩ガいっぱいデス。コワイノデス。ワタシニモ山鳩型スーツをクダサイ。」
 よく見ると、片方の足が泥だらけになっていて、小さい草履の白い鼻緒が取れかかっている。
 白衣覆面の小さい人の願いも聞いてあげたかった。しかし、車の中には、俺専用の赤い山鳩型スーツしかなかった。これは、この先に必要になるときが来るに違いない。先を急いでいたので、俺はシモーヌにクーパーを走らせるように言い、精神が錯乱しかけておびえている白衣覆面の小さい人を置き去りにして、日の出桟橋へと急いだ。
「ねぇ、ケンジー、ひとつお願いがあるの。わたし、ポロロッカに寄っていきたい。春日通りの茗荷谷と春日の間、伝通院の近くだから、ちょっと遠回りだけど…。」
 俺は驚いた。ポロロッカといえば、シモーヌが行方不明になったところじゃないか。シモーヌはポロロッカのマスター幌六力おやじを喫茶キリマンジャロに連れて行くつもりなのか?俺は尋ねた。
「シモーヌ、君はポロロッカに寄ると必ず酒に飲まれてへべれけのぐでんぐでんのわっけわかりませ〜ん。になって行方不明になるだろう。週一でポロロッカに飲まれるシモーヌってあの頃有名だったじゃないか。またあれをくり返すつもりか。悪いが俺はもう君を探し回るのはまっぴらだ。あそこのおやじも嫌いだしな。それと俺には『俺』というちゃんとした名前があるんだ。マジシャンの時の芸名で呼ぶのはやめてくれ」
「ごめんなさい、ケンジー」
asb2-8 「ほらまた言った」
「でもさー、一緒に舞台に立ってた時はケンジーと呼んでたじゃない。あなたの得意技、東京タワー消滅マジックやつまみ菜出現マジックは私なしではできないんですからねっ」
「おいおい、それとこれとは話が別だろう」
「いいえ、同じ。私あってのあなただということがわかってれば、そんなひどいことは言えないはずだわ」
「お前だって失敗すると『空は晴れたしホイオバQ!』だも…」
 キーッ!
「おい、怒って急ブレーキかよ…」
「違うわっ」
 車の前にはオバQ鳥を抱えた7人のインド人。後ろから黒い影が2つ。
「ミニクーパーですか、ククク」
 ヒョードリがぱちんと指を鳴らすと、インド人は次々と車に乗り込み、冗談のようなヨガのポーズで折り重なり後部座席に収まった。ワリーヤは横からハンドルを奪うとシモーヌをきっと睨みつけ、
「キリマンジャロね、いよいよアブゾーに会えるわ。ところで隣の彼は、俺…いや」
 ワリーヤは俺に馬鹿丁寧な敬礼をして
「俺様、おひさしゅうござんす」
 と言いつつ、シモーヌに流し目をくれる。
 このミニクーパーは左右対称でハンドルが中央にあり、右の俺と左のワリーヤの間にある運転席にシモーヌは座っているのだが、ワリーヤはヒョイとデタッチャブルホイールを外して左ソケットに差し込み、中央ハンが左ハンになった。中部座席に乗り込んだヒョードリが
「出発進行」
 と叫べばワリーヤはアクセルオン。
 そのあおりでリアウィンドウに最密充填状態でへばりついた7人は、もはやインド人タタミイワシ状態だ。ワリーヤは口笛でカリンカを吹きながらミニクーパーをゴキゲンにぶっ飛ばし、ヒョードリはタタミイワシの隅っこをちょろまかして七輪で炙って食べはじめた。
 日の出桟橋まであと3ブロックというその時、信号待ちする車の窓をコツコツと叩く音がした。
「追われてるんだ。かくまってくれ」
 空豆があたふたと乗り込んできた。あとから河童の宇宙人。ヒョードリにコチラのお席と通されたのが七輪の上。適度な焦げ目が付いたらおつまみにパクリ。
 やがて喫茶キリマンジャロ。
 ミニクーパーが窓を破って飛び込むとアブゾーをはね飛ばし直進、
「この地下にタイタニック号の入り口が…東京を脱出するわ」
 とシモーヌが叫ぶ。
 でも、そこには「鯛谷クリニック」の看板。
「シモーヌ、また暗号解読を間違えたなー、わっはっは」
 みんな腹を抱えて大笑いしましたとさ。とっぴんぱらりのぷ〜。


 
☆第二章 第九節 「勝敗の行方」

「いつものヤツを」
 キンキンに冷えたストリチナヤのグラスがカウンターに並んだ。
 3ゲーム連敗中のヒョードリ書記官のおごりで乾杯しながら、ダーツバー「Baby Blue」の薄暗い店内を素早く見渡したワリーヤは息を呑んだ。
 見るからに猛烈に不機嫌なシモーヌが、入口に仁王立ちになり髪を逆立てている。行きつけの店、ポロロッカがつぶれたのを皆でひた隠しにしてきたのが悪かった。俺のみたところ、怒りのパワーは7倍増(当社比)のようだ。俺がバーテンに
「彼女にモスコーミュールを作ってあげてくれ」
 と言うと、
「私が日本物しか飲まないって知ってるでしょ、カミカゼつくってちょうだい」
 おいおいあれが日本物なのかあ? 俺は椅子を引いてシモーヌが座るのを待つ。彼女は鋭い目でバーテンの手元を観察し、振り返ってダーツに興じているロシア人二人を睨め付け、それからようやくドスンと椅子に腰を落とす。
「信じらんない」
 とろりとした透明なカクテルをがぶりと飲んで、シモーヌが呟いた。
「この私がいる場所でダーツやるのね」
 よほど気分を害したらしく、バカラのオールドファッションドグラスでドンとテーブルを一撃。こぼれたカミカゼをすかさずバーテンが拭うと
「ああ、もう辛気くさいこと! ポロロッカではいくら舞い上がっても帰り途は空豆天うどんが明るく照らしてくれたけど、もうそれも無理なんでしょ」
 と愚痴る。
 ダーツ場では、ストリチナヤが連敗者を加速していた。
「クソ今度ごゾ。もう一回ダ。これはタダの勝負じゃないぞ、俺は“麻の実”を賭けるっ」
 (不思議な賭け対象だな)
「えいっ」
asb2-9  ヒョードリの投じたダーツの弾道は点数曼荼羅に向けて放物線を描く。その時、後ろでぶよんと影が揺れた。
「か、カムチャッカの海、いえ極東参謀総長」
 ワリーヤ、ヒョードリが起立、敬礼する。バーテンがケイレンする。カムチャッカの海の腕には、血だらけのアブゾーが抱えられていた。
「ワリーヤ、おまえがCMHCのスパイなのはお見通しだ、アブゾーは我々の二重スパイだ、おまけに二重まぶたダ」、アブゾーが血だらけの目をパチリと開くと確かに二重まぶたであった。
 そして緑がかった灰色の瞳にシモーヌは気がついた。
「生物兵器が麻の実に隠されてぃ・・」」
「ねぇ?ちょっと待ってちょうだい。アブゾーさんは、どうして私とおなじ瞳の色をしているのかしら。二重まぶたなところも一緒ね、でも私は二重スパイではないのよ。それよりあなた、チーズはお好き?」
 アブゾーは苦痛に顔を歪めながら、
「麻の実じゃないんだ…本当は…」
 それだけ言って突然息絶えた。
「今何と言った!?」
「よく聞こえなかたあるよ。もう一回」
 ヒョードリとワリーヤがとんできてアブゾーを力まかせにゆすったが、アブゾーは死んでいる。カムチャッカの海がアブゾーの体を持ち上げて床にバシバシ叩きつけたが、アブゾーは死んでいる。気絶じゃなくて間違いなく死んでいる。アブゾーは死んだ。ああアブゾーは死んでしまったアーアーアやんなった、アーアーア、おどろいた。
 しかし、それより残された3人はアブゾーが最後に残した言葉が気になる。
「本当は…」
 何だったのだろう?ここで、ヒョードリとワリーヤが、
「こういうときは、日本古来のこっくりさんしかないでしょう」
 と言い出した。なぜ彼らがこっくりさんを知っているかは謎だが、俺は救急車を呼ぶのも忘れて、10円玉とボールペンを取り出し、文字盤を作った。こっくりさんの文字盤を作ったのは、読谷小学校のとき以来だな、と思い出に浸りながら鳥居のところに10円玉を置く。3人の人差し指を10円玉に載せ、ヒョードリが
「こっくりさん、こっくりさん、どうぞおいでください」
 と唱えると早速10円玉が動き出す。
「た」
「あ」
 俺が首をかしげていると、ヒョードリとワリーヤは納得顔で
「『はい』はロシア語で『ダー』なんだ」
 と教えてくれた。俺は
「こっくりさん、どうぞ日本語でお答えください。麻の実の正体は何ですか?」
 と尋ねてみた。10円玉が動く。
「す」
「ご」
「い」
「た」
「ね」
 …すごい種?
 その瞬間、ピシ、と鋭い音が響く。
 麻の実と見えた殻が一斉にはじけ、猛然と芽吹くつまみ菜の群れ。ヒョイヒョイと伸ばしたひげ蔓に搦めとられた俺たちは、たちまち千重螺旋に撚りあわされた若茎に突き上げられて天井を破り、ビルを吹き飛ばし、緑の塔の頂に宙吊りとなった。
 眼下の東京をヒタヒタと襲う大洪水を、なす術もなく眺めながら。




☆登場人物
俺:アブゾーの謎解明のためこっくりさん後、緑の塔に宙吊りに。
俺の弾道:8番目の空豆が窓から脱走したので、その放物線に食らいついた。
汐留藁夫:藁夫は俺?俺が空豆を茹でた鍋蓋に顔が映る
森山鳩実:東京都認定防災頭巾をかぶり、俺に大地震が来るのを警告。
森鳩:シモーヌ目から飛び光トカゲくわえ去る
山鳩:シモーヌ目から飛び闇トカゲくわえ去る
シモーヌ:アブゾーの瞳の色に気づく。緑の塔に宙吊りに。
空豆:追われているから匿ってくれと乗車、七輪であぶられ、おつまみに食べられた
8番目の空豆:飛び上がった情景を、俺が回想
海豆:空海により伝来、密教との関連で高野山でだけ云々というのは藁夫の作り話。
前埜略夫:論文に暗号(日の出桟橋の喫茶キリマンジャロ&タイタニック?)を残した
中ムラ略夫:通称チュウリャク。ごきげんなやつ。イタコの姪の隊子が下ろした霊。
興梠略夫:コウロギリャクオ。通称コウリャク。チュウリャクの弟
鳥の脚:森山鳩実の足。趣味は誤変換。鵯の足でも誤変換? 森鳩の脚でも誤変換。
力うどん:ボルシチの鍋の中で俺と再会。
わりゃ人形:豆もやしとなって鳩南蛮力うどんの具に。夢でクリニック寺の禅僧。
白衣覆面の小さい人:車の前に飛び出してきた。真っ赤な空を怖がる。
CMHC院長:シモーヌ9歳の時藪蛇ヶ原時計店を購入。
TMHC院長:内紛劇経て「藪蛇ヶ原時計店CMHCな支店」運営、シモーヌを診断し俺になる。
石像:苔むした石の像。夢の中(?)で俺を取り囲むが崩壊。夢でクリニック寺の禅僧。
胴体夫:山車行列では海豆の後方にいたが、力うどんのトッピングに。夢で禅僧?。
藁夫の叔父:実在しない
藁夫の叔父の弾道:森山鳩実の後ろの剛毛の生えた青臭い莢の影めがけて飛んで行方不明。
夫軍団:「メンタル夫」「この夫」「(氷山)夫」「は夫」「(ポロロッカ)夫」 「の夫」「(かたまり)夫」「で夫」「す夫」、沈んでいく→海豆の中→神輿をかつぐ。夢禅僧?。
新・夫軍団 → すべて沈んだ、二番神輿をかつぐ。夢でクリニック寺の禅僧。
タイタニック号:沈んでいく。
ディカプリ夫:ニュースのゲスト、中継ロケットからアパートに手を振る。年越し蕎麦を俺と食べる。
河童の宇宙人:七輪であぶられ、おつまみに食べられた
ご隠居:カッカッカッと藁う。ご隠居夫になり沈む。カッパ巻の醤油に変身。夢禅僧?。
デオキシリボ角さん:ご隠居のお供。マンドコラの入ったイン・ロウを突きだす。夢禅僧?。
チータ:チーズから誤変換(?)、餅をつく。夢禅僧?。
オオオニバス:鳩南蛮力うどんセット(カッパ巻付き)・うどん職人一行を丸呑み
マドレーヌ:紅茶の大海に溺れている。ボルシチの鍋の中で俺と再会。
大根おろし:天つゆの淵に沈んでいる。ボルシチの鍋の中で俺と再会。
失われた時:マドレーヌと大根おろしと手に手を取って逃避行。
ワリーヤ:ダーツ強い。実はCMHCのスパイ。こっくりさん後、緑の塔に宙吊りに。
ヒョードリ:ダーツ弱い。こっくりさん後、緑の塔に宙吊りに。
麻の実:生物兵器?すごい種?つまみ菜発芽、人々搦めて千重螺旋の塔に宙吊りに。
麻の実の母:京都弁、俺とカムチャッカの海に、麻の実のボルシチ茶漬けをご馳走
大麻麻美:37歳おおあさあさみ。頭部だけ。ボルシチ茶漬けのダシになった。
カムチャッカの海: 環太平洋参謀総長。ワリーヤ=スパイと指摘。緑の塔に宙吊りに。
バーテン:シモーヌにカミカゼ作る。愚痴られる。緑の塔に宙吊りに。
fushianaさん:俺のアパートの天井すみっこの節穴。流されてるぞと教えてくれた
オバQ鳥:7人のインド人に抱えられていた
藪蛇ヶ原虻造:シモーヌの父(時計屋)。「ロシア大使館に雇われた」と言い残して失踪
アブゾー: 血だらけで登場、実は二重スパイ「麻の実じゃないんだ本当は」と言い残し死んだ
藪蛇ヶ原アユ:シモーヌの母。娘が九歳の時つまみ菜を喉に詰まらせ死亡。
森山鷹之進:九歳のシモーヌを養女とした叔父(割烹職人)。後につまみ菜料理ブームを
藪蛇ヶ原時計店:シモーヌの両親没後はCMHCの手に渡り、今はTMHC院長が運営。
藁人形:KGBの番人、笑笑長者になったかも、でも松明となって燃えた
港区:東京タワーがない。
鳩と鵯:港区方面に飛び去った。
青春の光トカゲ:二本のらせん階段でシモーヌ話し片方はアフリカへと言う。抱えられて降りたが森鳩にくわえられ
闇トカゲ:新たに二本わかれらせん階段シモーヌに話しかけ山鳩にくわえられ
蛭留教授:略夫と白川郷調査研究。語り手絶命のため鯛子に略夫の口寄せを頼む
イタコの鯛子:恐山から卒業旅行中、略夫の口寄せを頼まれるが失敗し隊子を召喚
隊子:鯛子の姪でカルヴィーノ『霊長類』の登場人物。ブリキ頭を叩き中ムラ略夫の霊を下ろす
ブラッドピジョン : 精神を錯乱させる病原体をふりまく真っ赤な鳩、空を埋め尽くす
ポロロッカ:伝通院近くシモーヌ行きつけの店→ダーツバー→つまみ菜で吹き飛ぶ
幌六力:ポロロッカのマスター(ほろろく りき)。俺が嫌っているおやじ。
7人のインド人:オバQ鳥抱えミニクーパーに乗車しリアウィンドウに圧縮タタミイワシ化
喫茶キリマンジャロ:日の出桟橋にあると前埜略夫が論文に暗号で残した場所
ダーツバーBaby Blue:ポロロッカ→小ぎれいなダーツバー→つまみ菜で吹き飛ぶ


★みんなの自己紹介 (名前をクリックすると各人のホームページに行けます)
浩某 谷山浩子です。泳げません。自転車に乗れません。ボウリングのタマが持てません。
kneo 吉川邦夫、別名「ふねを」。本業はリレー小説家、いやさ翻訳家です。
AQ  石井AQです。2004私的感銘リスト:「屏風」「煙か土か食い物」「馮」「フリッツ」「Ohara's」「J.Truchot」、
へべ  石井へべです。ガーデニングの野望を抱いて4年目にしてまだ雑草むしってますが、何か?
Zom  観てね(^^) 東京国際映画祭で観た「ビヨンド・サイレンス」最高に面白かった。グランプリが取れて嬉しい(^^)。今年のベストワンかも。
koda こだです。ぴよと名付けたと暮らしています。「コンピュータの名著・古典100冊」で1冊分の書評を書きました。良い本です。みなさん読みましょう。ヽ(^o^)ノ。「蘇るPC-9801伝説」にも少し関わりました。
kuro  謹厳実直なサラリーマンのくろせです。ミュージカルと介護で人生手一杯です。マイブームはボール投げ、人生はまだ投げてないようです。
おさる「k.ishi」のペンネームで作ったMacLHAこと「ぞうさん」はいまだに多くのMacユーザーに愛されている。
リカお芝居が大好きです。映画なら、パラジャーノフとタルコフスキーが好きです。


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