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覇気なき旅よ! 億劫の細道 2  


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2012年4.5月 オランダ・ベルギー

 花いろいろ。巨木のマロニエ、ライラック、リンゴ(たぶん)、八重桜、たんぽぽ、山吹、猫柳…


 

2011年12月 デンマーク

■Orz... Glædelig jul!

 この旅は、日程中にクリスマスが含まれていた。
 ベテランの方は百も承知でしょうが、旅行者にとって、欧州のクリスマスは、概ね厄介である。
 敬虔なるキリスト教徒たちにとって、クリスマスは家族で過す聖なる日である。例えば日本の若い人向けに説明するなら、だいたいのとこ
「日本と比べて『クリスマスと正月』が真逆」
 …ということになる。

 12月24.25日は、家で静かにおくる。お店は休み。レストランも休み。娯楽も休み。街はシーン。(23日まではクリスマスに向けて盛上がる街が多いが)
 12月31日は、友人・恋人と楽しくやらかす。賑やかな街の中、レストランは派手なメニューを用意する (パリの高級店あたりだと、普段の倍付けくらいのメニューで盛大にぼったくる)。

 そんなわけで、クリスマス期のレストラン選びには苦労する。何割かの店は、「12/20-1/10はお休み」といった具合に、そもそもこの時期に冬休みをとってしまうし。
 まあしかし、それでも、あの手この手と探せば、何処かしらは引っ掛るものである。これまでのウチの“欧州クリスマス24.25日”としては、Troigos, Pyramide, Les Elysees, Auberge de L'Ill…なんかでありつくことが出来ていた。

 ざっと調べると、コペンハーゲンも、クリスマス期のレストランは“ほぼ壊滅”状態。
 その中、まず、Søllerød Kroが23.24日は休みだが25日は開けることがわかった。すかさず、ゲット! Søllerød Kroのような「ちょっと郊外」の店は、市内に対して「少し変則的な営業」が多い。この辺りでは珍しい「日曜営業」だし。この手の店はチェックすべし…Tipsである(笑)。
 残るイヴだが、最近「肉のレストラン」として勢いのあるGourmandietがオンラインブッキングで取れた。“ふふふ、ベテラン客の手にかかればこんなもんよ”…とガッツポーズ。

 …と安心して過しておった12月なのだが、クリスマスの一週間前になって、突如、コペンから電話がかかってきた。…とゆーか、携帯の留守電に入っていたんだけど(^^;)。

「あの、コペンハーゲンのヨマディ (何回か聞いたら"Gourmandiet"と言っているらしい(^^;)) でおじゃりまするが、アナタ様の12月24日の御予約、たしかにお受けしました。シカとお受けいたしましたのですが、考えてみたらさあ、ウチさ、24日、休みなんだわ。店、休み。ゴメソゴメソ。また今度、やってる時に来てねー。じゃあねー」

 Orz......

 慌てて、代案を求めたが、いやあコペンは、ホントにやってません。マヂやってません、ガストロは。
 ホテルダイニングか、いんちきイタリアンかエスニックか、、、というところ。

 はい、ビンディーマサラで聖なるクリスマスを祝いましたとも! (^^;)

 …という話をストックホルムの友人にしたら
「北欧にありがちな杜撰さ・・・(笑)」
 と笑われた(^^;)。んー、そうですかそうですか、まあ、スペインでもブルターニュでもありがち、という気はするが(^^;)。



■Godt Nytår 2012

 いよいよ2011年もお終い。大晦日。コペンハーゲンでの初めての年越しである。
 …である、、、のだが、おいおいコペンよ…この街はこんな阿呆な年越しをしちょるとは知りませんでしたわ(^^;)。

 へべの日記から。

 大晦日はコペンハーゲンで年越しして、さっき帰宅しました。
 夕方から朝方近くまで不良の爆竹が鳴りっぱなし、市当局の花火も妙に低空で炸裂させ続けるという物量作戦で全体にものすごい火薬量、クレイジーでした。



 北欧の短い昼は、16時を回るとすっかり暗くなっていくのだが、その頃から、

- ドッカン! -

 という、頭を竦めたくなるような爆発音が、街のアチコチからし始める。
 まあ花火・爆竹だな…とは思うのだが、妙に、交通事故・射撃・空襲…(笑)みたいに聴こえる。後から思うに、そういう鳴らし方を好んでいるとしか思えない。

 市内銃撃戦(笑)の中、我々は、Fiskebar に出かけ、nytårsmenu をいただく。気軽なフードバーで前線の料理、前菜はそのままトップクラス・ガストロで出せそうな出来、…で大満足。
 で、23時、店から出てみると、四方八方から大音声…時に天に広がる花火の光が見える。

 シティホール広場に向かってみる。
 ドカンドカン、の爆発音はたいへんな勢いで連続し、アチコチに花火の輪の端っこが見える。
 広場に近づくと、たいへんな人出。ヨーロッパ人のくせして(^^;)、盛大に酔っ払っている。千鳥足もママ見られる。何か叫んでいる。
 ネーチャン達もシャンパンの壜からラッパ飲みし、そこいら中に割れたガラスが散乱している。
 しかし、そんな人々の様子も忘れるほど、ドカンバカン…の空襲は激しさを増している。

 段々わかってきたが、日本の花火大会のような、高度な技術の何尺玉…みたいな世界は、まるで無い。花火自体はお粗末というかテキトーなもの。なのだが、それを、

 『小さければ近くで爆発させればよかろう』

 とばかりに、矢鱈と低空で炸裂させる。ドン…と上がるとすぐにパーンと開いてしまう。すぐそこ(^^;)。
 そんな手があるのかよ!?(^^;)
 市内のビルより低いとこで花が開くので、まあ、花火の中にいるみたいで綺麗、、、ではあるのだが、
爆発音はすぐにビルとビルに反響し・爆風が頬を撫で・硝煙臭さに包まれ・煙で視界が減じ・何かが降ってくる
 …とまことにエライ騒ぎであるヽ(^~^;)ノ。
 「花火会場」という概念があるんだかないんだか、市内のそこら中から上がっている。“すぐ近く”…から上がっている(^^;)。

 段々わかってきたが、しかし、よりヤバイのは、(多分)公式のこれら打ち上げ花火でなく、勝手に市民の皆さん(^^;)がブチ上げる花火・爆竹の類である。
 ビジュジュジャバジャバ、、、と音がするので振り返ると道路が炎上している、なんてのが其処此処に見られる。

 ボクらが歩道ガードレール際にいた時のこと、後ろから、
「エクスキューズミー」
 と、静かな声がした。
 ん?…と数歩除けると、男がそこに棒が刺さったワイン壜のようなものを置いた。
 数秒後、シュルシュルシュル…、、、
 …とそれがジェット花火…2枚目の写真である(^^;)。

 2012年がやってきた。野にも里にもコペンにもやってきた。
 ブラボー、乾杯、ハグハグハグ、ビズービズービズー、クラクソーン!…は、この地でも同じであるのだが、どうも見ていると周りの“ノリ”が、

「そんなことより、火薬火薬火薬、、、、!」

 なんだよなあ(^^;)。
 やはり、年越しにピークを合わせているのか (いったい、何時間やってるねん(^^;)?)、勢いはイヤ増し、街は白煙に包まれる。

 北欧…静かに佇む「幸福度」と「社会保障」の国々、…だが、この騒ぎは

 奴ら、『バイキングの末裔』

 であることを思い出させる(笑)。

 「コペンの花火正月」なんて知らなかったんでウカウカ出かけてみたのだが、後で検索すると、2ちゃんねらーの皆さんなどからも

「キチガイ」
「死ぬかと思った…ってゆーか、死者も出るらしい」
「逃げ惑う俺」

 みたいな有難いお言葉を頂戴しているようであった。まあ、「だんじり祭」みたいなもんでっか?(^^;)


 

2011年11月 韓 国

■ソウル・トレインはタイムトンネルを抜けて (1)

 連休中、ソウルに遊びに行ってきた。
 ずいぶん久しぶり…、と日記をめくってみたところ、何と14年ぶりだ。勿論、今世紀初、となる。

 これだけの浦島太郎(^^;)も珍しい…、と、前世紀人の目に映った現代の韓国、その驚きぶりを書き留めておこうかと思う。

●町は明るく綺麗に 人は柔和に
 …ということは、まず、とーぜん感じるのであるけど、まあこの3点は世界中のほとんどの都市について「10年(以上)ぶり」に行けば感じるところじゃないか、とも思う。そういう意味じゃ普遍的なことで、カウント外。
 前世紀は、東京以外の地球上はホントに暗かった(笑)(…照明の話です)。町が綺麗で・人は穏やか…という点についても、日本は先進国であった…というか、昔からそうだったね、と思う。
 とゆーか、日本は、この10年で、町は汚く・人はギスギスする方向に変わった珍しい国かも知れない(^^;)。それでも他国よりは綺麗だけど。日本の照明は相変わらず眩しいが(眩し過ぎると思う(^^;))…、今年は一回、暗くなったのだがなあ(笑)。

 空港から乗る地下鉄はじめ交通機関などはT-Moneyカード(PASMOのような)一枚でOK…なんてのをはじめ、町の使い勝手・町の眺めは、ウッカリぼーっとしていると日本にいるような錯覚に陥る。この隣国は、さすがによく似ている。…し、今世紀の世界の大都市は、激しく均質化が進んでいるとは思う。
 これは昔からそうだけど、地下鉄に乗って座って周りを見てると、つい、「大阪市営地下鉄だっけ?」と思う(笑)。大阪とソウルの距離は、東京と大阪より近いんじゃないか?ヽ(^~^;)ノ

 ところで、へべのお気に入りは、地下鉄の「マナー向上」キャンペーンの絵。たしかに、仄かに アールブリュットなかほり が(笑)良いです。



●日本の観光客が、オヤヂから女子へ
 いやーもう、そりゃ勿論そうなんでしょうが、日本人観光客が、ぢょし ですよ ぢょし。日本から韓国を訪れる観光客ったら、ホントに女子だらけですわ(笑)。今はそうなんですねー。
 そう、以前来ていた頃にはまだ「韓流」なんてものは無かった。韓国人のアイドルと言えばチョーヨンピルだった(っけかなあ?(^^;))。サムソンがソニーを追い抜く日…はSF上にしか訪れなかった(っけかなあ?(^^;))。お口の恋人は既にロッテであった、にせよ(笑)。
 実のところ、前世紀までは、韓国への観光というのはオヤヂの物だった。「だった」は正しくは言い過ぎであるだろうが、そういうイメージは色濃くあったものだ。
 へべに「キンポ空港なのに日本の女子ばっか」と言われて、もんのすごい久しぶりに「妓生」という言葉を思い出した。1990年代は、それ以前に比べればだいぶ減少していたのだろうが、まだまだキーセン旅行的な空気は、空港やらちょっとした町の陰やらに、漂っていたものだった。
 今、wikiってみると、妓生は2004年に法的に廃止され最後のキーセンハウスが2010年に閉店した、とある。
 我々のソウル空白期間中に、妓生は廃絶し韓流が勃興した…のは空港待合室の眺めだけで、わかるっちゃわかる…ところが、恐ろしい(^^;)。

 ところで、滞在2日目、ホテルの玄関を出たら、ドラマのロケをやっていた。  韓流スターはいるのか?いたのか? …いたとしても、ワシらにはわからん(^^;)。  一人、我々が「韓国の高田純次」と名付けたスチャラカそうなオジサン俳優がいたのだが、カレが韓流アイドルで無いことだけは確かだと思う(笑)。


■ソウル・トレインはタイムトンネルを抜けて (2)

●カフェが沢山

 町をブラブラしていると、とにかくカフェが沢山ある。ビックリ!
 …と書くのも、ナンダカ間抜けだな…と思いつつ(^^;)。
 14年も経てば町も変わっているだろう…とアタマでは理解しているが、感覚の反応は予想できないもので、色んな「現代化」は“そんなもんだろ”とスルーするのだが、「なんでソウルにこんなにカフェあるの?!」ってのには、驚いたりする。

 「おいおい、またカフェだよ」「あそこは3軒並んでるぜよ」…と言いながらブラつく。
 よっぽど、旧ソウルに、カフェのイメージが無かったんだろうな(^^;)。
 (モダンな伝統茶院については、当時から“日本の喫茶店よりカッコイイじゃん”と思っていたものだが)
 スタバの群れ(笑)に加え、TOM N TOMS、Angelinus、caffe beneといった韓国発のカフェ・チェーンもやたらとある。
 カフェの急速な普及の背景には、カフェが提供するネットサービスがあった…という説も。

 エスプレッソの量、「ソロ、ドッピオ」はあまり通じず、「シングル、ダブル」がフツー。
 注文品が出来た時に知らせる、光ったりプルプルしたりする「呼び出しベル」がとても普及している。このあたりは、ビミョーな国民性の違いがあるのかなあ? 呼び出しベルのシステムは、日本にもたまにあるけど、あんまり好かれていない印象。一度導入したのにやめて、店員のコールに戻してる所もあるしなあ。

 やっぱ、カフェはちょこっと休んだりトイレしたり…と便利なので使ってしまう。…で、韓国珈琲文化に触れていると、「よっしゃ、上のクラスも見とこか」という気になってきた。そういえば、韓国バリスタも近年のチャンピオンシップでは上位に残るようになってきている…という話を思い出したし。
 ドタバタと検索などして、向かった先は、2010年の韓国バリスタ・チャンピオン Choi Hyun Sun 氏の店「 5 Extracts 」。
 何やら、珈琲の要素(=sweetness,body,acidity,bitterness,aroma…とChoi Hyun Sun 氏は言う) と、陰陽五行説をかけたような店名だが、場所はというと、弘大入口駅と合井駅のちょうど中間くらいらしく、行きにくいっちゃ行きにくい。オマケにズバリの場所はよくわかってないままに、住所だけを握りしめて弘大入口駅から歩く。
 さすが弘大の町、若くお洒落で賑わって…んー表参道とかの感じ。ストリートが目には楽しいが、行けども行けども着かない(^^;)。結局、迷う。トホホ。
 そんなこんなで30分。だいぶショボクレて来たワシらであったが、まあしかし、明けない夜はないんだよ。ふと気付くと、「 5 Extracts 」のある筈の町名に辿り着いていた。ま、そっからまた番地で迷うのだけど、ま、とにかく、到着。
 わかってしまえば、そんなに難しい場所でも無い。でも、真っ直ぐ来ても15分以上は歩くんじゃない?

 こんにちは。…実に、「らしい」店。

 [クールでかっこいい]:古い韓国民家調・手作り風味・エスニックテイスト
 [オタッキー]:壁面に、背表紙を奥に向けて(つまり見えない)積み上げてある雑誌の山…何か小難しいものかと思って覗いたら少女漫画だった・メニューはiPad(ただし、注文はカウンターに行って口頭で・前金制)

 …ってな両面が、ゴチャ混ぜ。居心地は至極よろしい。
 まずはエスプレッソをいただく。苦味をキチンと芯にして、ヒジョーにバランスの取れた一杯。たしかに、世界に出しても一線級だわ。かなり好きなタイプである。

 調子よくなって、エスプレッソ系オリジナル「Signature ver.1」を頼む。ナッツと酸味を効かせたボディにクリームたっぷり。ウマー。
 “これはイカなきゃしょうがないね”と、続いて「Signature ver.2」。層を成したドリンクタイプで、へべ曰く「これがベスト好き」。

 すっかり元気になって、町に繰り出しました、とさ(笑)。この店にはまた来たいものだ。

 …

 あっ、と、今回のソウル旅行の珈琲…といえば、もう一つ。
 味成屋というソルロンタンの店でゴキゲンな雪濃湯をいただいていた。店の兄ぃがカクトゥギを足してくれながら「どや?」って雰囲気出してるから、「こりゃまたアータ、最高ですな!」と答えると、「フフン」と満足げ。
 食後に、何か手に持ってくる。
 見ると、紙コップに入ったコーヒー。まあ、インスタントに毛が生えたようなマシンの奴で、砂糖・ミルクたっぷり。
 …なんでやねーん、と思いつつも、これがナカナカにイタリアンな気分(?)で、楽しいことでありました。

 ま、後で調べると、食後に安コーヒーサービス…って、たまにあるらしいですけどね、今のソウル。



■ソウル・トレインはタイムトンネルを抜けて (3)

●カス? ハイト?

 ソウルに着いて、最初の夕食は素饍斎。そう、麻布十番に支店を持つ、その本店である。この旅の目的の一軒、早々に突撃(笑)。三清洞の奥まった所にあり、景福宮駅からかなり歩く。
 そうそう、本店もかなり人気らしいので、予約を入れておこうとホテルから電話した。
「Can you speak english?」
「No,,,,」
 …あらま。
 こちとら、韓国語は、アンニョンハセヨにカムサハムニダ、ファジャンシルオディエヨに料理名…くらいでもう打ち止めなのである(^^;)。自己解決は諦めて、ホテル・コンシェルジェに頼む。韓国語も電話予約くらい出来るように学習したいものだとは思いつつ。

 さて、食事の注文は、2,3つのコースから選ぶだけなので簡単。日本語付きだし。
 で、飲物。まずはビールか、と。ビールビール…
「め、メクチュ、、チュセヨ…」
 すると給仕のオカーサン、軽く頷いて

「カス? ハイト?」

( カス? ハイト? … これは一体、何の呪文だ? )

 それは知らんぞ。…なおもオカーサンは「カス? ハイト?」と尋ねてくる。どうやら二択らしいのだが。
 ビールの選択といえば…「生か・瓶か?」「グラスか・ジョッキか?」 或いは…
 まあいいや、ビールはビールだろう…

「えーと、その、カス、をですね…」

 とお願いする。出てきたビールを見ると、

 [ Cass Fresh ]

 そう、銘柄なのであった。
 まあ、銘柄を聞いてるのかな?とも考えたのであるが、“それにしちゃ「オーピー」って選択肢が入ってないよなあ”と思っていた。
 以前はどうだろう、韓国でビールの銘柄を聞かれる…というのは記憶に無い。忘れてしまったのかもしれないが。ビールの銘柄と言えば、、、やはり「OB(オービー)」くらいだよな、頭に入ってるの。野球だって、OBベアーズじゃん。
 ところがですね、今はもう、まったく様相が違うようなのである。ビールと言えば、
「カスかハイトか」
 なのですね。ついでに言うと、OBベアーズだって、(その名前では)もう無いんですね。
 ハイトが1位でカスが2位…で激しくビールのシェア争いをしているらしい。時にこの順位は逆転する月もあるらしい。
 おーいOB、どこ行っちゃった…とスーパーで見ると、一応まだOBラガーは売られている。

 …とまあ、そういうビール事情かな…と思うのだが、突っ込んで調べると、もっと事情はややこやしい。
 ググると、生き馬の目を抜く韓国経済界の激しさを思わされる複雑さ…であったのは次に記す通り。…なんちて、二度ググる気はしないので、記憶違いもあるかも、正確を期する向きはググってください(^^;)。
 90年代中盤に、ビール戦争が始まる。OBのライバル、クラウンがハイトビールに。そして眞露が子会社としてカス・ビールをリリース、やがてヒットする。それが、例のIMFショックの混乱の中、OBがカスを買収。OBのブランドとカスを並行するが、そのOB自体がやがてベルギー資本のインターブルーに買収される。一方の雄、ハイトビールはトップブランドに成長し、ついにはなんと眞露を買収する。
 いやあ、入り組んだ話で…。

 まあそんなこんなで、カスとハイトを学んだワシらである。後日、陳元祖補身タッカンマリでメクチュを頼むと、赤ら顔のゴキゲンなオッサン (仕事前に眞露でもひっかけてるのか?(笑)) が
「カス(かっ)?!」
 と叫ぶ。もうこちらも得たりやOh!、「(そうだよ)カスっ!」と叫び返すと、オッサンも嬉しそうに「(そうか)カス!(だな、カス)」…と。雰囲気的にはたいへんに盛上がったことである(^^;)。
 ちなみに、あまりに気のいいオッサンなのでオッサンと書いたが(^^;)、そして陣頭で仕切っているのだが、この大店の御主人である(^^;)。タッカンマリでは鶏をハサミで捌くのだが、あまりに手際が良過ぎて“何でもなくスッスッ”と見えるほど。しかし、この「ハサミ・カット」の技術は、タッカンマリの味を決定する大きな要素でもあるのである。
 現在のところ、我が家の家庭内では、ビールのことを「カスっ!」(唾が飛ぶほどの勢いで)と呼ぶ慣わしに、なって、いる(^^;)。
 ちなみに、これはまだ覚えていたので「メクチュ」と言いたがるワシらではあるが、まあ何か今は、「ビール」か「ビア」の方が通りがいいのかなあ…という気も、した。(^^;)


■ソウル・トレインはタイムトンネルを抜けて (4)

●まだ使える1997年のウォン札

 2009年にワシらはスウェーデンを訪れたのだが、それは15年ぶりのことであった。手元には幾ばくか、1994年のスウェーデン・クローネが残っていた。
 この古い紙幣を携行したワシらは、マルメのショップで買物した折に、これを出してみた。すると、若い店員氏は、
「ん?」
 …と二度見、間があって笑い出して、
「おーそりゃ駄目駄目、無理(笑)」
 無理か。旧札はノーサンキューか。
 ヨーロッパ全体で見ると、北欧はそれでも通貨(各国)クローネは連続しているが、ユーロの国はユーロ切替というモホロビチッチ不連続面(笑)があったので、10数年前の紙幣は当然、使えない。中央銀行にでも行って換えるしかない。

 さて、今回、我々には14年前のウォン、分厚いウォン札 (額にするとしれているが(笑)) が残されていた。
「んー、韓国はどうなんしょ、ね?」
 …と、怪しい心持ちで使ってみたのだが、

 14年もの韓国ウォン札は無問題

 であった。ヨカタねー。
 新札への切替があったのは、5年前くらいみたい。ああ、それじゃ使えるか、ね。

 当時、レートはどうなんだったかなあ? なんとなく…だが、それは気にしないことに、するヽ(^~^;)ノ。


■ソウル・トレインはタイムトンネルを抜けて (5)

 本項目は「14年ぶりの浦島太郎の見た新旧ソウルの変貌ぶり」がテーマではある。その意味では、核心的かもしれない、仁寺洞の話を。

 ソウルの仁寺洞という古い伝統的な街がある。書画骨董や陶磁器・伝統工芸品を作る店・扱う店・ギャラリーが立ち並び、合間合間の伝統茶の店で優雅に一服できる、という、静かな一角。

 …で、あった。

 …で、あった(^^;)のだが、今回、訪れてみると、そこは目を疑う、ただの、

 竹下通り (原宿の…)

 きらびやか・雑踏・コドモ・観光・かっぱぎ・賑やか・土産・ぼったくり、、、ってゆーか歩きづらい、、、みたいな(^^;)。
 地図を見ながら歩いてきたから、まだ「仁寺洞だ」と理解しているのだが、目をつぶって連れてこられてこれを見せられたら、絶対に仁寺洞とは思わないであろう。

 ただ、歩き疲れたのでテキトーに見繕って入った伝統茶院「茶サラン」には、昔の仁寺洞同様の寛ぎと美味しい伝統茶が健在であった。個店各々には、まだ仁寺洞が息づいていたりもするのだな。

 さて、仁寺洞に来たのは、仁寺洞の通りを歩きたかったこともあるが、主目的は、ボクらの大好きなアクセサリー・金属工芸品のお店「阿園工房」を訪れることであった。
 14年の時を越えて、まだお店があるらしい…ことくらいは調べていたのだが、さんざめき過ぎる(^^;)通りに不安になりながら「この辺りだっけかな?」と進んでみると、あった、ありました。
 どうやら、改装・新装はしているようだけど、ここは昔の面持ちで佇んでいる。

 ごめんなんしょ…とにじり入って拝見すると、作品のテイストも昔の香に匂いけるかな、やはり素晴らしい出来でボクら好み。
「うわん、店ごと欲しい!」
 …とこれも以前に言っていた台詞がそのまま口をつく。
1997 ? →  2011

 アレコレと眺めていると、後ろから若い女性の声がかかる。
「お茶でも如何ですか?」
 “お、これも変わってないな”…そう、熱心な客には一服させてくれるのも此処の流儀だった。茶の支度にとりかかる奥を見ると、少し年配の店員さん…
“あ、あのオネーサンは見覚えあるね”
“うんうん、覚えてる”
 どっこいしょと腰かけて茶をいただくと、若い店員さんが、
「あの、ウチのオネーサン、アナタ方のこと覚えてる、って。久しぶりです、って。よく来てくださいました、って。言ってます」

 うわー! アチラも覚えてた…って。たしかに何回かは来てたのだけど、14年ぶりの客やぞ。すごいなあ、、、
「いやあご無沙汰しちゃいまして…」と和む。「この辺り、ずいぶんと変わっちゃったんですねえ」
「はい、そうなんです。もう何もかも…」
「昔の静かさが懐かしいような気はしますね」
「その通りです。ワタシたちも、少し、悲しい」

 アクセサリーなど何点かいただく。一つ一つ、梱包用紙を裂くところから始めて包んで紐をかける。梱包自体が、一つの美術品のようだ。
 勘定を頼むと、風流な韓紙に、購入した品物の絵をこれまた一つ一つ手書きし、その横に代金を書き込んでいく。出来上がった計算書すら、美術品のよう。
 こんな所も、昔と、一緒だ。


 

 

 



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